Blog主日説教使徒言行録講解

主イエスを信ぜよ、然らば汝も家族も救われん

使徒言行録講解50

主イエスを信ぜよ、然らば汝も家族も救われん

使徒言行録16:25-34

25 真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。26 突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。27 目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。28 パウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」29 看守は、明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、30 二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」32 そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。33 まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。34 この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ。

家族の間にこそ恵みが必要

 外出自粛が長く続き、家族が共に過ごす時間が増えた方が多いと思います。
 家族で一緒に食事をしたり、遊んだりできてよかったという方もいるでしょう。逆に、家族と一緒にいることで負担が増えたり、仕事が進まなかったり、我慢を強いられたりしてストレスを感じた方も多くいるのではないでしょうか。
 私も子どもが保育園を休んだ間、一緒に料理をしたり、教会の中にテントを張ったりして楽しみました。しかし同時に、家事育児で一日が終わってしまって心に焦りを感じることもありました。子どもには動画を見せて我慢してもらっていましたが、子どもにとっても辛い時期だっただろうと思います。そのようなストレスから、つい子どもにきつく当たってしまうこともありました。
 この外出自粛の期間に、家庭内暴力や虐待が増えたり深刻になったりしているのではないかと心配されています。
 家族は最も身近な存在です。愛を誓って結婚した夫婦と、血の繋がった親子です。自然に愛し合うべき関係です。それなのに、家族は憎しみ合う関係でもあります。
 殺人事件のおよそ半分は、家族や親族の間で起きています。
 家族と共に過ごすことが増えている今こそ、私たちの家庭に恵みを流していく必要があります。

パウロとシラス、投獄される

 フィリピでリディアの家族がイエス・キリストを信じました。リディアは自分の家を開放し、兄弟姉妹が集まるようになりました。フィリピ教会の誕生です。
 パウロたちはそれからも教会の中に留まるのではなく、祈りの場所に出て行って福音を語っていました。
 ある日、祈りの場所に行く途中で占いの霊に取りつかれている奴隷の女性に出会いました。
 この女性はある人物に、金儲けの道具として利用されていました。
 彼女はパウロたちの後ろについていき、「この人たちはいと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」と叫びました。悪霊もイエスが主であることは知っています。
 パウロたちは最初、彼女が叫ぶのを無視していました。しかしこれが何日も続きました。
 おかげでパウロたちの活動はフィリピの様々な人に知られるようになりましたが、宣教は聖霊の力で行うべきです。悪霊に宣伝してもらうわけにはいきません。
 それでとうとうパウロは悪霊に、この女性から出て行くようにとイエス・キリストの名で命じました。
 この女性がその後どうなってしまったかはわかりません。悪霊の支配からは解放されたわけですから、喜ぶべきでしょう。
 ところがパウロとシラスはこれがきっかけで捕まってしまいます。
 悪霊が去ったということは、この女性を利用していた人にとっては、金儲けの望みも去ったということです。
 彼らはパウロとシラスを高官たちに引き渡し、こう言いました。「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」
 ローマの植民都市であるフィリピの人たちの中には、外国人であるユダヤ人に反感を持つ人も多かったのでしょう。群衆も一緒になってパウロとシラスを責め立てました。
 仕方なく高官たちは、取り調べもせずに二人の服をはぎ取り、何度も鞭で打ち、牢に入れました。
 この高官たちも、パウロたちがイエス・キリストの福音を語っているのを聞いたことがあったのでしょう。悪霊を追い出したことも聞いたかもしれません。厳重に見張るように命じました。
 そこで看守は二人を一番奥の牢に入れ、木の足かせをはめました。

どんな時も主を賛美する

 悪霊に取りつかれた人を解放したのに、反感を買って鞭で打たれ、牢に入れられてしまった。理不尽な状況です。
 そんなとき、口から出て来るものは何でしょう。愚痴、つぶやき、ため息、呪いの言葉かもしれません。
 ところがパウロとシラスは、牢の中で賛美の歌をうたって神に祈っていました。
 他の囚人たちはこれに聞き入っていました。
 牢に閉じ込められ、外に出られない不自由な環境です。完全にロックダウンされています。しかしそこには喜びがありました。
 パウロは後に再び牢に入れられますが、その獄中からフィリピの教会にこのように書き送りました。

6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

フィリピの信徒への手紙4:6-7

 愚痴、つぶやき、ため息、呪いの言葉が出そうになるとき、まず神を賛美してみませんか。
 もちろん、その求めている思いを抑え込もうとせず、神にぶつけて大丈夫です。
 パウロとシラスも、牢から出してくれーと祈ったのではないでしょうか。
 しかしその叫びに先立って、神を賛美しました。
 そしてその賛美は牢の一番奥から喜びを湧き上がらせ、牢全体を神の国に変えてしまったのです。

 歴代誌の中で南ユダのヨシャファト王が大軍に攻め込まれた時のことが書かれてあります。
 モアブ・アンモン・エドムの連合軍に対し、彼は軍隊の先頭に賛美する者たちを立たせました。
 圧倒的に不利な状況でも、喜び賛美するとき、敵は全滅しました。

 どんな時でも神を賛美しましょう。
 私たちの家でも職場でも学校でもこの町でも、賛美していきましょう。
 浜松は音楽の街と言いますが、ただの音楽ではなく、賛美のあふれる街にしていきたいです。
 声を出して歌うのが難しくても、BGMで流してもいいし、通勤通学の途中に聴くのもいいです。
 賛美があふれるとき、私たちの家、職場、学校、この町がキリスト・イエスによる神の平和で守られます。

イエスに出会った人は周りの人に影響を与える

 パウロとシラスが賛美の歌をうたっていると、突然、大地震が起こりました。そして牢の戸が開き、鎖も外れてしまいました。
 看守も地震で目を覚ましました。そして牢の戸が開いているのを見ました。
 大地震が起こると、慌てますよね。
 この看守も、ちゃんと確かめもせずに囚人たちが逃げてしまったと思い込みました。そしてその責任を取って死ななければならないと思い込み、剣を抜いて自殺しようとしました。
 それに気付いたパウロは大声で叫びます。「自害してはいけない。私たちは皆ここにいる。」
 この一連の出来事から、看守の心は神への畏れに打たれました。そしてパウロとシラスが救いの道を宣べ伝えていたことを思い出し、尋ねます。
「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」
 2人は答えます。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」
 救われるためにどうすればいいのか。
 私たちがすることはただ1つ、イエスは主であると信じることです。
 そしてその信仰は個人的なものです。
 親がクリスチャンなら、子どもが自動的にクリスチャンになるということはありません。一人が救われれば家族も自動的に救われるということはありません。
 しかし1人の信仰が子どもたちや家族に影響するということはあります。

 イエス様のところに、寝たきりの人を連れてきた4人の友だちがいました。
 イエス様のいた家には人が多くいました。3密どころではありません。
 入れなかったので、4人の友だちは家の屋根をはがし、ベッドごとイエス様の前に吊り降ろしました。
 イエス様は寝たきりの人に「あなたの罪は赦された」と救いを宣言します。
 しかしイエス様を信じていたのはこの人ではなく、4人の友だちの方です。
 友だちの信仰がこの人に影響するのを、イエス様は見ていたのでしょう。

 看守は真夜中にもかかわらず家族を連れて来て、主の言葉を聞きました。
 そしてまずパウロとシラスの打ち傷を洗い、家族と一緒に洗礼を受けました。
 家族も、自分で主の言葉を聞きました。
 信仰は聞くことから始まります。
 しかし多くの場合、主の言葉は右から左に聞き流されてしまいます。
 福音が心に留まるためには、福音によって変えられた人の姿を見ることが重要なポイントになります。
 看守はパウロとシラスを見ました。どんな時も主を賛美する彼らを見ました。
 そして家族は、お父さんの姿を見ました。今まで看守として囚人たちに鞭を振るっていた父が、その囚人の傷を洗っている。囚人に逃げられれば死ななければならないという極度のストレスに毎晩さらされている父が、今夜はこんなに解放されている。
 こうして家族も皆、洗礼を受けました。
 そしてパウロとシラスと共に食事をし、神を信じる者になったことを喜んだのです。

 イエス・キリストに出会うと、私たちは変えられます。新しく造られた人になります。栄光から栄光へと、キリストに似た者へ変えられていきます。
 そうして私たちの家族や友だちが、私たちを通してキリストに出会います。
 どんな時も主を賛美していきましょう。
 私たちの信仰が、家族に、友だちに影響していきます。
 だから私たちはこう宣言できます。
 主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われます。友だちも救われます。

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