Blog主日説教使徒言行録講解

私の出会ったイエス

使徒言行録講解63

私の出会ったイエス

使徒言行録22:1-8

1 「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください。」2 パウロがヘブライ語で話すのを聞いて、人々はますます静かになった。パウロは言った。3 「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。4 わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。5 このことについては、大祭司も長老会全体も、わたしのために証言してくれます。実は、この人たちからダマスコにいる同志にあてた手紙までもらい、その地にいる者たちを縛り上げ、エルサレムへ連行して処罰するために出かけて行ったのです。」6 「旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。7 わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。8 『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。

プルースト効果

 においをかいだ時に、昔の記憶がよみがえってくるという経験をしたことはありませんか?
 プルースト効果と言うそうです。フランスの作家マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した時、幼少期の記憶が鮮烈に思い出されてくるという場面があり、そこから名付けられたようです。
 嗅覚は五感の中で唯一、大脳辺縁系とつながっているので情動と結びつきやすいと言います。
 皆さんも色々な香りをかぐときに、子どもの頃の記憶、青春時代の記憶がふと思い出されたことがあるでしょう。

SEA BREEZEが指し示す中学校の図書室

 SEA BREEZEという、シャンプーとかのブランドがあります。あの爽やかな香り、わかりますか?
 あの香りをかぐと、中学校の図書室が思い出されます。
 私が中学生だったある夏の日、授業の中で図書室に行きました。
 窓が開いていて、風が入ってきました。爽やかな香りをまとった風でした。
 その香りに誘われて窓の方に行くと、1人の女子が立っていました。シャンプーの香りだったのでしょうか。
 「いい香りだね」「SEA BREEZEだよ」と短い会話をしたように思います。
 その人が誰だったか、顔も名前も覚えていませんが、あの香りは忘れられません。
 SEA BREEZEのシャンプーなどを使っている人に出会えば「あ、中学校の図書室」と思います。
 SEA BREEZEの香りをまとっている人は、私にとって中学校の図書室を指し示す人です。
 私たちも何かの香りをまとっています。その香りは、何を指し示す香りになるのでしょうか。

パウロの弁明

 今日の本文はパウロがユダヤ人の前で弁明する場面です。
 神殿の境内にいたパウロは、アジア州から来たユダヤ人の勘違いで神殿を汚したという疑惑を持たれました。彼らの扇動に踊らされた群衆はパウロを捕らえ、殺そうとしました。そこにローマの千人隊長が駆けつけ、パウロを救出しました。
 パウロは千人隊長にギリシア語で話しかけ、弁明する許可をもらいました。そして階段の上に立ち、ヘブライ語で話しかけます。実際はアラム語だったかもしれません。

キリストを指し示すために目線を合わせる

 パウロの弁明は、まず自分がれっきとしたユダヤ人であるというところから始まります。
 キリキア州のタルソスで生まれましたが、子どものころにエルサレムに引っ越し、この都で育ちました。
 そしてモーセの律法について厳しい教育を受けてきました。パウロの律法の先生はガマリエルです。ガマリエルは民衆全体から尊敬されていた律法の教師でした。
 パウロは熱心に神に仕えていました。その情熱は、クリスチャンの迫害に向かっていました。男女を問わず縛り上げて牢獄に入れました。さらにステファノ執事を石打刑にしたときには、それに賛成し、上着の番をしていました。このことはユダヤ教の指導者たちも記憶していたはずです。
 パウロは聴衆であるユダヤ人を意識して話しています。
 千人隊長にはギリシア語、ユダヤ人にはヘブライ語またはアラム語というように、彼らにわかる言葉を使い分けました。
 そして話の内容も、共通点から始めています。
 同じユダヤ人であり、神に対する情熱を持っている。今パウロを殺そうとしているユダヤ人と同じように、クリスチャンを殺したこともあった。
 パウロがアテネの人たちに話すときは、彼らの拝む偶像に憤慨しながらも、彼らの信仰の篤さを称賛してから話し始めました。
 ユダヤ人に対してはユダヤ人のように、異邦人に対しては異邦人のように話しています。
 その目的は、彼らにイエス・キリストを指し示すためです。

弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。

コリントの信徒への手紙一9:22

 神様は永遠の存在です。その思い、計画は人の理解をはるかに超えています。
 無限の神を、有限のちっぽけな人間が理解できるでしょうか。わかるわけがないですよね。
 同じ人間だって、天才の言っていることややっていることは理解できないのです。
 それでも神は、ご自身を人間に現わそうとしてきました。
 預言者たちを通して多くのかたち、多くの仕方で啓示してきました。
 そして独り子イエスが人間となって私たちの間に住み、神を示してくれました。
 このように神は、私たちと目線を合わせ、ご自身を現わしてくださいます。

クリスチャンも同じ人間

 このことは、私たちも心がける必要があります。
 私たちも誰かと話すときに、相手と目線を合わせることが大事です。
 彼らにわかる言葉を使い、共通点を大事にする。
 たとえば「来週の主日にチュソクのイベントがあります。主日学校にお子さんを連れて来てください。」と言ったらどうでしょう。
 わかる人はわかります。せいぜい韓国系の教会に行ったことのある人くらいです。
 まず主日とは何か。日曜日のことです。
 それからチュソクとは何か。これは韓国の文化ですから、日本人には全くなじみがありません。それでも中秋の名月というというのは日本人でも聞いたことはあるでしょう。月見バーガーが期間限定で出たりします。そういう季節のイベントですね。
 主日学校とは何か。主日は日曜だと言い換えられる。学校はわかる。学校?勉強?何を教え込まれるの?そんな意味不明なところに子どもを連れて行きたくはないでしょう。
 もし相手が韓国の文化に興味があるなら、そこで話を合わせればいい。
 子どもがいるなら、そこで話を合わせればいいです。
 別の世界の人間ではなく、同じ人間なのです。
 また、クリスチャンだからと言って聖人のように振る舞おうと思わなくていいです。そんな真面目で正しい人間には近づきたくないです。
 クリスチャンだって悩むし失敗する。そういうありのままをさらけ出してください。
 イエス様だって疲れたしとんでもないところで寝たし、泣いたし、怒ったし、苦難は嫌だって言いました。
 あなたも私も同じ人間だ。同じ赤い血が流れている。
 そのように歩んでいきたいです。

イエス様に出会って変えられた人間

 私たちは他の人と何も変わらないのでしょうか。
 どこかが違います。クリスチャンは、イエス様に出会って変えられた人たちです。
 パウロはダマスコに行く途中でイエス様に出会ったことを話しました。そしてイエス様から、異邦人の使徒としての使命を受けます。
 パウロの弁明の目的はここにありました。
 誤解を正そうとしたわけでも、自分を殴った人たちを非難するためでもありません。
 パウロが出会ったイエス・キリストを指し示すためです。

 私たちはイエス様に出会い、変えられました。
 どこが違いますか?見た目は同じ。血の色も同じ。
 同じ人間だけれど、香りが変わりました。

神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。

コリントの信徒への手紙二2:14

 私たちはキリストの勝利のパレードに連なっています。
 この時代のパレードでは香が焚かれ、王の勝利が香りにのせて伝えられました。王の姿は見えなくても、その香りによって王が指し示されます。
 私たちはキリストの香りです。私たちの存在からキリストが指し示されます。
 私たちが愛を行うときにキリストの香りが放たれます。互いに愛し合うとき、私たちがキリストの弟子だとわかります。
 問題に直面した時の反応からもキリストの香りが放たれます。あの人はなぜいつも喜び、どんなときも感謝しているのだろう。
 力の使い方からキリストの香りが放たれます。富や能力、時間の使い方。あの人はなぜこんなに豊かにささげられるのだろう。
 娘が教会に行くことを反対していたある父親は、教会で欠席した人のために祈る言葉を聞き、神を知ったと言います。この世の中では欠席した人は呪われる。しかしクリスチャンの信じる神は、欠席した人をも祝福する神なのだと。

あなたが出会ったイエス様はどのようなお方か

 このような生き方で、私たちはどこかが違うということが伝わります。
 そうすると人々は、あなたはなぜ違うのかと聞いてくるかもしれません。そのような時、私たちは言葉でイエス・キリストを伝えることになります。
 ペトロはこう助言しています。

心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。

ペトロの手紙一3:15

 イエス・キリストを伝える準備はできていますか?
 難しい神学の勉強をしなければならないということではありません。
 人々はキリスト教を知りたいのではなく、あなたが抱いている希望、あなたが信じているものを知りたいのです。
 ただあなたが出会ったイエス様を話せばいいです。
 それが証人です。
 証人に求められるのは、ただ見たまま、聞いたままを話すことです。
 あなたが出会ったイエス様はどのようなお方ですか?イエス様に出会って、あなたの人生はどう変わりましたか?
 パウロは、まず「イエス様に出会う前に私」から始め、「どのようにイエス様に出会ったか」を話し、「イエス様に出会ってどのように変わったか」を話しました。

 私たちはイエス様に出会って変わりました。
 人々の間に生きながら、私たちの存在を通して、また言葉を通して、私の出会ったイエス様を指し示していきましょう。

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