歴代誌講解1
すべての人が神の作品
歴代誌 1:1-10, 24-34
1 アダム、セト、エノシュ、2 ケナン、マハラルエル、イエレド、3 エノク、メトシェラ、レメク、4 ノア、セム、ハム、ヤフェト。5 ヤフェトの子らは、ゴメル、マゴグ、メディア、ヤワン、トバル、メシェク、ティラス。6 ゴメルの子らは、アシュケナズ、ディファト、トガルマ。7 ヤワンの子らは、エリシャ、タルシシュ、キティム、ロダニム。8 ハムの子らは、クシュ、エジプト、プト、カナン。9 クシュの子らは、セバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子らは、シェバ、デダン。10 クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった。
24 セム、アルパクシャド、シェラ、25 エベル、ペレグ、レウ、26 セルグ、ナホル、テラ、27 アブラム、これがアブラハムである。28 アブラハムの子は、イサク、イシュマエル。29 彼らの系図は次のとおりである。イシュマエルの長男はネバヨト、次はケダル、アドベエル、ミブサム、30 ミシュマ、ドマ、マサ、ハダド、テマ、31 エトル、ナフィシュ、ケデマであり、以上がイシュマエルの息子たちであった。32 アブラハムの側女ケトラが産んだ子は、ジムラン、ヨクシャン、メダン、ミディアン、イシュバク、シュア。ヨクシャンの子は、シェバ、デダン。33 ミディアンの子は、エファ、エフェル、ハノク、アビダ、エルダア。これらは皆、ケトラの子孫である。34 アブラハムにはイサクが生まれた。イサクの子は、エサウ、イスラエル。
ルーツをたどる
春には色々な花が咲きます。花を見ながらパーティーをすることもあります。
一般的に花見と言えば、桜の木の下でパーティーをすることです。
桜は日本を象徴する花です。
ラグビー日本代表のエンブレムに桜が入っています。アメリカとの友好のために桜を贈ったこともありました。百円玉にも桜の花が描かれています。
一口に桜と言っても、色々な品種があります。
その中で代表的な品種がソメイヨシノです。
淡いピンクの花が密集して咲きます。花が散るときのひらひら舞う様子にも美しさがあります。
日本全国に植えられています。
毎年気象庁が桜の開花予想を出します。その開花や満開を判断する基準になるのもソメイヨシノです。
日本中にあるソメイヨシノですが、実はすべて同じDNAを持っています。
要するに、クローンです。
クローンなので、公園や桜並木など、同じ地域にあるソメイヨシノは一斉に咲き、一斉に散ります。
江戸時代に品種改良で作られてから、挿し木や接ぎ木で増やしてきました。
ルーツをたどると面白いです。
人間はクローンではないので、誰一人として同じ人間はいません。
しかしそのルーツをたどると、1人の人間に行き着きます。
歴代誌とは
今日から歴代誌の講解に入ります。
歴代誌はどのような書物でしょうか。
キリスト教ではサムエル記や列王記と共に旧約聖書の歴史書のカテゴリーに分類されます。
しかしヘブライ語聖書ではサムエル記や列王記が預言者の書に分類されるのに対し、歴代誌は諸書に分類されます。雅歌やコヘレトの言葉と同じ分類です。
諸書というのは聖霊の力で書かれた書というカテゴリーなのですが、律法でも預言書でもないその他もろもろという感じがします。
ギリシア語聖書では「省略されたもの」という題名がつけられています。なんという雑な名前。
内容的にはサムエル記や列王記と共通するところが多くあります。読んでいくと「これ前に読んだことあるわ」という感じがします。
分量は上下合わせて65章。詩編、イザヤ書に次いで3番目の長さです。
しかも最初の1章から9章までは系図が続きます。カタカナの名前の羅列で、読むのがつらくなります。
そんな歴代誌ですが、ただのその他もろもろの省略された本ではありません。
聖書に対する神学的解釈を提供する、注解書のような本です。
特に神殿や祭司など、礼拝に重点が置かれています。
すべては神の支配の下にある
1章はアダムからイスラエルまでの系図になっています。
最初の人アダムからセトが生まれ、その子孫にエノクやメトシェラが生まれ、ノアが生まれました。
ノアの時代に洪水が起こり、ノアとその家族8人だけが生き残りました。それから3人の息子セム、ハム、ヤフェトから様々な民族が生まれます。
ヤフェトの子孫は主にヨーロッパの方に広がっていきました。
ハムの子孫はアフリカの方に広がっていきました。ニムロドはバベルやアッシリアのニネベを建設しました。
そしてセムの子孫はアジアの方に広がり、その中からアブラハムが生まれました。
神はアブラハムを選び、カナンの地に住まわせます。それからイサク、ヤコブが生まれました。
ヤコブは神からイスラエルという名前をもらいます。
イスラエルは神の民
たくさんの名前が出てきます。この祖先の名前がそのまま民族や国、都市の名前になっていきます。
その中にはエジプトやイスラエルなど、現代も使われている名前もあります。
歴代誌が書かれた時代も、これらの名前は使われていました。
ただしイスラエルという国は存在していませんでした。
サウル王によってイスラエルは王国になり、ダビデ、ソロモンに受け継がれます。しかしソロモンの息子の時代に北イスラエルと南ユダに分裂しました。
北イスラエルはアッシリアに、南ユダはバビロンによって滅ぼされます。南ユダの民はバビロンに捕囚として連れて行かれました。
その後バビロンはメディア人キュロス王によって滅ぼされます。
キュロス王はイスラエル人を解放し、ユダの地に帰ることを許しました。
歴代誌はその後に書かれたものだと思われます。
イスラエル王国は滅んでしまった。
しかしこの系図にあるように、イスラエルは神の民の末裔である。祝福の源になるように神が選んだ民である。
この系図はそのことを物語っています。
周りの国々も神の支配の下にある
また、イスラエルを取り囲む国々もまた神の支配の下にあることがわかります。
イスラエルを脅かして来たアッシリアもバビロンもメディアも、皆この系図の中に出てきます。
神の計画の中で生まれ、そして住む土地を与えられた人々です。
エジプトもカナンもそう。これから台頭してくるマケドニアやローマだって、元をたどればヤフェトの子孫です。
すべての国々が神の支配の下にあるのです。
これはイスラエルの民に大きな希望を与えたことでしょう。
今は世界中に散らされ、異邦人に支配されている。しかしこの地も神の支配の下にあり、異邦人もまた神の支配の下にあるのです。
すべての上に立つ復活の主
これは今も同じです。すべての地が、すべての民が、すべての国が神の支配の下にいます。
そのすべての支配、権威、勢力、主権の上に立つのが復活の主イエス・キリストです。
20 神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。
エフェソの信徒への手紙1:20-21
イエスを主と信じる私たちはキリストにつながり、神の民とされています。
今この世界では何が力を持っているでしょうか。
国家、お金、暴力は力があります。しかしそのような地上の力も神の支配の下にいます。
悪魔もまたこの世界を支配しています。死も力を持っています。しかし悪魔も死にも、キリストは勝利しました。
今はコロナウイルスが最も力を振るっています。しかしウイルスもまた神の支配の下にあります。
すべてが神の支配の下にある。このことを覚えていきましょう。
すべての人がアダムの子孫
系図をずっとさかのぼっていくとアダムに行き着きます。最初の人アダムです。すべての人がアダムの子孫です。
人類の代表であったアダムが罪を犯した結果、すべての人が罪の中にいることになりました。
罪から来る報酬は死です。だからこの系図から、すべての人が罪人であり、死がすべての人を支配していることがわかります。
そして神に至る
ルカも系図を記録しています。それはイエス・キリストの系図です。
イエスからさかのぼって、ダビデやアブラハム、ノアの名前が出てきます。どこまで行くのでしょう。
エノシュ、セト、アダム。そして神に至る。
ルカによる福音書3:38
アダムまでさかのぼり、「そして神に至る。」で系図は閉じられています。
アダムは最初の人ですが、そのアダムは神に似せて造られました。神のかたち、神の作品です。
すべての人がアダムの子孫であるということは、すべての人が神のかたちであり、神の作品であるということでもあります。
アダムの罪によって壊れてしまっていますが、すべての人が神の作品です。
キリストによってすべての人が生かされる
神はアブラハムを選び、イスラエルを神の民としました。
しかしイスラエルだけの神になってしまったのではありません。主はすべての人を愛しています。
神はこの世を愛し、罪によって滅びへ向かうこの世界を救うために独り子イエスを与えました。
そしてイエスはすべての人の罪のために十字架で死に、復活しました。
すべての人の救いを成し遂げてくださったのです。
21 死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。22 つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。
コリントの信徒への手紙一15:21-22
このイエスの十字架と復活によって、異邦人であった私たちも救われました。
イエス様の十字架と復活で救えない人は誰もいません。この系図はそのことを約束しています。
あなたの家族も、友だちも。職場の同僚も上司も。政治家も。好きになれないあの人も、あなたと同じアダムの子孫であり、神の作品です。
彼らも神に愛され、イエス・キリストによる救いを受けるべき人たちです。
そのことを覚え、愛を持って生きていきましょう。