使徒言行録講解55
切磋琢磨
使徒言行録18:18-28
18 パウロは、なおしばらくの間ここに滞在したが、やがて兄弟たちに別れを告げて、船でシリア州へ旅立った。プリスキラとアキラも同行した。パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアイで髪を切った。19 一行がエフェソに到着したとき、パウロは二人をそこに残して自分だけ会堂に入り、ユダヤ人と論じ合った。20 人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断り、21 「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って別れを告げ、エフェソから船出した。22 カイサリアに到着して、教会に挨拶をするためにエルサレムへ上り、アンティオキアに下った。23 パウロはしばらくここで過ごした後、また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた。24 さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁家が、エフェソに来た。25 彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。26 このアポロが会堂で大胆に教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。27 それから、アポロがアカイア州に渡ることを望んでいたので、兄弟たちはアポロを励まし、かの地の弟子たちに彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。アポロはそこへ着くと、既に恵みによって信じていた人々を大いに助けた。28 彼が聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せたからである。
困難な状況の中で輝くもの
浜松市内のコロナウイルスの感染者は4月に8人になりましたが、それ以降は出ていませんでした。緊急事態宣言の間も浜松は感染者が出ませんでした。
活動を自粛すれば感染者は減ります。
全国的に感染者が少なくなって経済活動も再開してきました。
完全に抑えきれていない状態で活動を再開すれば、感染はじわじわと広がっていきます。そこでまた対策を取って感染が広がらないようにする、1人の感染者が他の人に感染させる人数を1以下に抑え込むという対策が必要になるわけです。
感染者が増えてきて、どんな対策を取ったのでしょうか。東京都は東京アラートを発動しました。
東京アラート発動!なんて言うと、第三新東京市が緊急事態宣言発動時に地下に格納されるような、何かすごいことが行われそうな感じがしますね。
しかし実態は、レインボーブリッジと都庁が赤くライトアップされただけでした。闇夜に赤く光る都庁を見たら、何かやってる感は出ます。パフォーマンスは上手いです。
それで国が決めた段階的な規制解除は予定通り進み、感染者が緊急事態宣言前のピークを超えてもGo To キャンペーンを開始しました。批判を受けて東京は除外すると直前に決めたので、経済的に打撃を受けていた観光地や旅行業者はキャンセルが殺到してさらに追い打ちをかけられました。
要は、国も感染の中心の東京もまともな対策を取らなかったわけです。
そういうわけで市民の側もだんだん警戒感が薄れてきました。浜松でも今週に入り、9人目の感染者が出たかと思えば次々に感染者が出て、昨日だけで30名の感染者が報告されています。
今一度警戒感を持って対策を取っていく必要があると思います。
ここまでのパンデミックというのは、私たちは誰も経験したことがありません。ですから、対応に失敗するということは当然あります。批判を受けることは避けられません。
だからと言ってパフォーマンスに逃げたり、状況を無視して決められたレールを走って責任を回避しようとしてはいけません。
宝石は打たれ、砕かれ、輝きを放っていきます。
この困難な状況を通して、私たちは神のかたちとしての本来の輝きを取り戻すこともできるでしょう。
第2次伝道旅行から第3次伝道旅行へ
パウロはコリントでの長い滞在を終え、ケンクレアイの港からシリア州へと旅立ちました。
シリア州には、パウロとシラスが送り出されたアンティオキアがあります。第2次伝道旅行が終わりを迎えようとしています。
しかしパウロには心残りがありました。パウロは初め、アジア州に行って伝道したいと計画していたのです。
それでアジア州の州都、エフェソに寄って帰ることにしました。
エフェソにはテント職人の仲間、アキラとプリスキラも一緒に行くことになりました。
パウロはエフェソに着くと二人と別れ、自分だけ会堂に入ってユダヤ人と論じ合いました。そして「神の御心ならば、また戻って来ます」と言い残して船出しました。
カイサリアの港から上陸してエルサレム教会で報告した後、アンティオキアに帰りました。
しばらくそこに滞在し、第3次伝道旅行に出発します。
目的地はエフェソです。デルベ、リストラ、イコニオンなどを通り、エフェソに向かいました。
そのエフェソでは、アレクサンドリア出身のアポロがイエスのことを熱心に語っていました。
しかし彼はヨハネの洗礼しか知りませんでした。それでプリスキラとアキラはもっと正確に神の道を説明しました。
そしてアポロはアカイア州に向かいます。コリント教会にも行き、名説教者として活躍しました。
信仰者との出会いで成長していく
第2次伝道旅行と第3次伝道旅行のつなぎの部分なので、色々な出来事が凝縮されています。
今日はプリスキラとアキラに注目したいです。
ローマで信仰を持った彼女たちは、クラウディウス帝の命令でローマから追放されました。そしてコリントに移住しました。
その頃コリントには教会がありませんでした。町は不道徳な雰囲気に満ちています。
そうした中で、彼女たちの信仰も曖昧なものになっていったかもしれません。
アキラはそこでテント職人として働きました。
ある日、1人のユダヤ人がテント職人としてコリントにやってきました。同じ民族、同じ職業であった彼らは仲良くなります。
彼はコリントに来たばかりで、泊まる場所もありません。アブラハムの子孫であるユダヤ人なら、旅人をもてなすのは当然です。アキラは「うちに来いよ、兄弟」と言いました。
すると彼は、実はクリスチャンだと言います。そしてシリアのアンティオキアからアジアのエフェソに向かおうと思ったが聖霊に禁じられ、マケドニアを通ってここまで来て福音を伝えているのだと言います。
アキラは思わず、「俺もクリスチャンだよ」と言ってしまいました。彼はものすごく喜びました。
ちょっとマズいなと思いましたが、「うちに来いよ」と言ってしまったので、もう引き下がれません。
こうしてアキラの家にパウロが滞在することになりました。
というのは私の勝手な想像です。
しかしプリスキラとアキラは、パウロとの出会いで成長したと思います。
パウロが来る前、プリスキラとアキラはコリントに住んでいましたが、クリスチャンのコミュニティはありませんでした。
彼女たちは信仰を持っていながら、ひっそりと隠れクリスチャンのように生きていたのです。
ところがパウロと出会って1年半後、パウロがエフェソ経由でアンティオキアに帰ると聞くと、エフェソまで一緒に行くと言いました。
何をしに行ったのでしょう。
パウロは第3次伝道旅行でエフェソに滞在しているとき、コリントの教会と手紙のやり取りをしています。その手紙の中で、「アキラとプリスキラが、その家に集まる教会の人々と共に、主においてあなたがたにくれぐれもよろしくとのことです」と書いています。
彼女たちはエフェソで、家の教会を始めていました。
これがエフェソに渡った目的だったと言ってもいいでしょう。
ひっそりと信仰を隠していた人が、福音を伝える人に変えられました。信仰の方向性が180度変えられたのです。
きっかけは、パウロとの出会いです。
切磋琢磨という言葉があります。ものの本によれば、
学問や人徳をよりいっそう磨き上げること。
三省堂 新明解四字熟語辞典
また、友人同士が互いに励まし合い競争し合って、共に向上すること。
とあります。
私たちは互いに影響し合い、共に向上を目指すことができます。
勉強も仲間と一緒にやることが大事です。
私が中学校3年生になったとき、初めて同じクラスになった人が「君を目標にする」と言ってきました。
その時の成績は私の方が上でした。
私は自分なりに勉強していました。その友人は誰かを目標にしたり、誰かと一緒に勉強したり、他の人との関わりの中で勉強していました。
するといつの間にか、その友人に成績を抜かれていました。
勉強は個人戦ではなくチーム戦です。
ビジネスでも同じです。
柳通りを東に行くとディーラー通りと呼ばれるエリアがあります。トヨタ、ホンダ、スズキなどのカーディーラー、輸入車、中古車の販売店が並んでいます。
ライバルの存在で各社のサービスが向上します。
信仰生活も同じです。
24 互いに愛と善行に励むように心がけ、25 ある人たちの習慣に倣って集会を怠ったりせず、むしろ励まし合いましょう。かの日が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合おうではありませんか。
ヘブライ人への手紙10:24-25
私たちは互いに影響し合い、愛においても、善行においても成長していきます。
今は集まることが難しいですが、兄弟姉妹が日々の生活の中でどのようなことで恵みを受けたのか、どのようなことを祈っているのかを聞くと励まされます。
また、よい本も読んでほしいです。メッセージ集や証し集などもあります。
クリエート浜松で星野富弘さんの詩画展をしていました。その詩や絵を通して星野さんの信仰から学ぶこともできるでしょう。
信仰者の言葉を聞きながら、互いに向上していきたいです。
打たれ砕かれ磨かれて本来の輝きを取り戻す
プリスキラとアキラが家の教会をしている時、アポロという人がエフェソに来ました。
彼はエジプトのアレクサンドリアの出身でした。
当時アレクサンドリアはローマ帝国内で第2の重要な都市でした。巨大な図書館や大学もあり、学問が栄えていました。旧約聖書がギリシア語に翻訳されたのもこの都市です。ユダヤ人の哲学者なども生まれました。
そのような町で育ったアポロも、聖書に詳しく、雄弁な話し方も身につけていました。
アポロもどこかでイエスの話を聞き、「イエスは主である。神の国は近づいた。悔い改めよ!」と熱心に語っていました。その内容も正確です。
しかしプリスキラとアキラは、彼の伝えるメッセージに足りないものがあると感じました。
それはイエスの十字架と復活です。
そこでプリスキラとアキラはアポロを招き、話を聞きました。そこで分かったのは、アポロが知っているのはヨハネの洗礼までだということでした。
それで洗礼者ヨハネが「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」と言ったイエスは、私たちの罪のために十字架で死に、3日目に復活したのだと教えました。
たぶん。
アポロは聖書に詳しい人です。話し方も身につけています。聖書にこう書いてある!と力強く語っていたことでしょう。
そんな人が、テント職人をしながら福音を伝える人の話に耳を傾けるのは難しいと思いませんか?
医者に向かって一般人がコロナ対策はこうしろと言うようなものです。
まともに聞かないでしょう。
しかしアポロは変わりました。
聖書のことは俺の方が詳しい!とかイエスのことなら知っている!とか言うことはありませんでした。
謙遜に耳を傾けたのです。
そうするためには、今までの知識やプライドを打ち砕く必要があります。
打ち砕かれていくことで、私たちは余計なものを捨て、磨き上げられていきます。
漁師のペトロは若い大工から「沖に出て漁をしなさい」と言われました。
ペトロは、うるさいとは言いませんでした。「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と従いました。
そしてこの人がただの大工ではなく、主であるとわかったのです。
イエスの言葉は私たちを打ち砕いてきます。両刃の剣より鋭くグサーっと突き刺さる、生きていて力ある言葉です。
行いの立派な金持ちの青年は、イエスに出会って打ち砕かれることを避け、立ち去りました。
イエスは金持ちが神の国に入るのは、らくだが針の穴を通るより難しいと言います。
どうすればらくだが針の穴を通れますか?
粉々に打ち砕かれれば通れます。
イエスに出会い、打ち砕かれることです。キリストと共に十字架に釘づけられることです。
キリストと共に死に、キリストと共に生きることが神の国への唯一の道です。
ダビデ像などで知られる彫刻家のミケランジェロはこのように言いました。
どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事だ。
ミケランジェロは石の中にある宝を掘り出しました。
創造主は私たちの中にある神のかたちを掘り出します。
私たちは自分のことを弱く欠けだらけで魅力がないと思うかもしれません。あるいは富や地位が自分の魅力だと思うかもしれません。
神は、私たちの中に隠れた本来の輝きを見ています。
鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される。
箴言27:17
兄弟姉妹と共に切磋琢磨しながら、また私たち友と呼んでくださるイエス様によってつくり変えていただきながら、神様の栄光を輝かす宝になっていきましょう。