Blog主日説教歴代誌講解

割り当てられた任務

歴代誌講解7

割り当てられた任務

歴代誌上 6:16-34

16 神の箱が安置されたとき以来、ダビデによって主の神殿で詠唱の任務に就けられた者は次のとおりである。17 ソロモンがエルサレムに主の神殿を築くまで、彼らは幕屋、すなわち臨在の幕屋の前で詠唱者として仕え、その規則に従って任務に就いた。18 この任務に就いた者とその子孫は次のとおりである。ケハトの子孫では、詠唱者ヘマン。その父はヨエル、祖父はサムエル、19 更にエルカナ、エロハム、エリエル、トア、20 ツフ、エルカナ、マハト、アマサイ、21 エルカナ、ヨエル、アザルヤ、ツェファンヤ、22 タハト、アシル、エブヤサフ、コラ、23 イツハル、ケハト、レビ、イスラエルとさかのぼる。24 ヘマンの右側に立って任務に就く兄弟アサフ。その父はベレクヤ、祖父がシムア、25 更にミカエル、バアセヤ、マルキヤ、26 エトニ、ゼラ、アダヤ、27 エタン、ジンマ、シムイ、28 ヤハト、ゲルション、レビとさかのぼる。29 ヘマンの左側に立つ彼らの兄弟たちは、メラリの子孫。その一人のエタンは、父がキシ、祖父がアブディ、更にマルク、30 ハシャブヤ、アマツヤ、ヒルキヤ、31 アムツィ、バニ、シェメル、32 マフリ、ムシ、メラリ、レビとさかのぼる。33 レビ族の他の兄弟たちは、神殿の幕屋のあらゆる任務に割りふられた。34 アロンとその子孫は、焼き尽くす献げ物の祭壇で献げ物を燃やして煙にし、香の祭壇で香をたき、至聖所におけるあらゆる務め、イスラエルのための贖いの務めを続けた。彼らは、神の僕モーセが命じたことをすべて守った。

エンドロール

 映画の最後にエンドロールが流れますね。主題歌が流れる中、監督や出演者の名前が上っていきます。
 真っ黒の背景に小さく白い文字で書かれていることが多いです。外国の映画では外国語で書かれています。映画の本編も終わっているので、退屈な時間に感じるかもしれません。エンドロールが流れると映画館を出たりDVDを停止したりする人もいますね。
 私は、エンドロールも見る派です。見るというより眺める感じです。主題歌を聞きながら、余韻に浸ります。映画の内容を振り返り、感動を味わったり考えさせられたことを整理したりします。
 エンドロールを眺めていると、1本の映画にたくさんの人が関わっていることがわかります。出演者だけでなく監督や脚本、演出で作品を作る人がいます。撮影したり編集したりする人、大道具や小道具を扱う人、メイクをする人、アクションシーンで俳優の代わりに体を貼った演技をする人など。そこに名前が出てこないけれど、映画を裏で支える人たちもたくさんいることでしょう。
 こうしてそれぞれが割り当てられた任務を果たすことで、映画が作り上げられています。

レビ族の系図

 今日の本文はレビ族の系図です。
 レビにはゲルション、ケハト、メラリという3人の息子たちがいました。それぞれの氏族ごとに、神様のために仕える役割が割り当てられていました。

割り当てられた役割に熟練する

 先週はレビ族の中でアロンの家系が大祭司を受け継いだことを見ました。
 他にも祭司たちがいました。祭司たちも元はアロンの子孫が務めていました。それがカナンの地に定住するようになると、レビ族の他の家系の人たちも祭司になれるようになりました。祭司や大祭司は神様と人の間に立ち、罪のあがないの儀式をしたり、民を祝福したりする役割がありました。
 ダビデの時代には、祭司の他にも詠唱者、門衛、宝物庫の管理、役人や裁判官などが任命されました。詳しいことはダビデの時代について書かれた箇所で見ていくことにします。
 今日の本文はその中で特に詠唱者たちの系図が記録されています。
 詠唱という日本語は難しい言葉ですが、節をつけて詩などを読むことです。「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」とか「ぼくらのなまえはぐりとぐら このよでいちばんすきなのは おりょうりすること たべること ぐりぐらぐりぐら」とかです。ぐりとぐらの歌い方は家庭によって色々なバリエーションがあるようです。
 詠唱者たちは琴やシンバルで演奏しながら、賛美をささげたり預言したりしていました。

熟練した詠唱者たち

 詠唱者の代表は3人いました。ケハトの子孫ヘマン、ゲルションの子孫アサフ、メラリの子孫エタンです。
 ヘマンはサムエルの孫になります。サムエルは、サムエル記の記述によればエフライムの山地の出身でエフライム人の子孫となっていますが、エフライムに住んでいたレビ人という意味かもしれません。
 エタンは後にエドトンと呼ばれるようになりました。詩編の中にもエドトンの詩が残されています。
 アサフの詩もありますが、これらはアサフ一族の詩かもしれません。
 詠唱者の役割もその一族が代々受け継いでいきました。
 歴代誌は彼らについてこう紹介しています。

主に向かって歌をうたうための訓練を受け、皆が熟練した者であったその兄弟たちも含め、彼らの数は二百八十八人であった。

歴代誌上25:7

 彼らの中には主に向かって歌をうたうための訓練を受け、熟練した者たちがいました。
 もちろん初心者もいましたが、訓練を受けて経験を重ね、いずれは熟練した者になっていきます。
 このような熟練した祭司たちや詠唱者たちが前に立つことで、幕屋や神殿での礼拝がささげられていました。

最善をささげる

 教会で礼拝をささげるときにも前に立って奉仕する人たちがいます。牧師だけではありません。賛美を導く人、伴奏する人、代表して祈る人たちがいます。彼らが前に立って導くことで、私たちは礼拝を豊かなものにすることができます。
 そのような奉仕を任された人たちは、ぜひ熟練した者になっていっていただきたいです。
 牧師も常に学び続けるように心がけています。プロですので。
 他の方は、別に賛美や祈りを職業としてしているわけではありませんね。しかし神様から任された意識をもって奉仕をしていただきたいのです。
 神様があなたに聖霊の賜物を分け与え、奉仕を任命しました。それならば、最善のものをささげるように意識してほしいのです。
 練習をしたり、先輩から学んだり、新しい賛美を聞いたりして、その奉仕に熟練していってください。
 そして次の人を育てましょう。
 誰もが最初は初心者です。神様は熟練したものだけを受け取りたいわけではありません。喜びをもってささげるその姿を神様は喜んでいます。
 主日学校の子どもたちが一生懸命、お祈りしたり賛美をしたり御言葉を覚えたりしている姿を見て、ほほえましくなりますね。
 神様の子どもとされた私たちの最善をささげていきましょう。

名もなき奉仕者の存在

燭台

 レビ族には他にもたくさんの人たちがいました。
 民数記を見てみると、ゲルションの氏族は幕屋の幕、ケハトの氏族は幕屋の中の祭具、メラリの氏族は幕屋の壁などを運ぶ役割が割り当てられていました。
 ダビデの時代にはもう運搬する必要はなくなりましたが、祭具の管理などをする人たちもいました。
 彼らのような裏方の人たちは目立ちません。
 聖所の中には常夜灯が灯されていました。この火は、消えてはいけません。だから誰かが油を足し続ける必要があります。そのために仕える人もいたはずです。
 礼拝をささげに来た人たちは、そういう人たちがいるということすら気にかけないでしょう。誰かが水をくみ、灰や脂で汚れたところを掃除する人のことなど考えもしません。常夜灯の油を足す人は誰の目にも留まりません。
 たくさんの名もなき奉仕者たちがいました。
 彼らの存在がなければ、礼拝は成り立ちません。祭具がちゃんと管理されておらず、壊れていたり不足していたりすれば礼拝の流れが途中で止まってしまうかもしれません。油を足す人がいなければ、主が灯し続けるように命じた火が消えてしまいます。

火を灯し続けなければならない

 私たちが礼拝をささげられるのも、このような見えないところで仕える人たちがいるからです。
 同じような話を少し前にもしたので、細かい例をあげることはしません。周りを見渡してみて、見えない奉仕をしてくださる方への感謝を持ってください。
 色々な奉仕があります。今日はその中で、火を灯す奉仕についてだけ見ます。
 聖所の中の火は聖霊の象徴です。
 パウロはこう言っています。

“霊”の火を消してはいけません。

テサロニケの信徒への手紙一5:19

 聖所の中から火が消えてしまうというのは、教会の中で聖霊の働きを無視するようなことです。
 ペンテコステの時に聖霊が降って教会が誕生したという話をしました。その教会から聖霊の働きがなくなってしまえば、教会はただの人の集まりになってしまいます。
 だから霊の火を消さないように、油を足し続ける人が必要です。

イエスの愛によって火は燃え続ける

 イエス様はエフェソの教会に対してこう言いました。

4 しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めのころの愛から離れてしまった。5 だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。もし悔い改めなければ、わたしはあなたのところへ行って、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまおう。

黙示録2:4-5

 燭台、つまりともし火を取りのけてしまうと警告しています。それは初めの愛から離れてしまったからです。
 初めの愛とは何でしょうか。イエス様からいただいた愛です。私たちのために十字架で死なれ、復活されたイエス様によって示された愛です。それを忘れてはいけません。そして教会の中でその愛を行うのです。
 イエス様の愛を受け取り、その愛を流していく人が、霊の火を灯し続ける人です。

あなたがいるから愛が生まれる

 神様はあなたに役割を与えています。それは目に見える奉仕かもしれません。目に見えない奉仕もあります。そのすべてが大事なものです。
 レビ族の奉仕は身体に障害のない30歳以上の人が務めました。だからと言って、身体に障害のない30歳以上の男性だけが大切な存在だとは言えません。
 その奉仕を裏で支える女性たちがいたことを忘れてはいけません。そして次世代を担う子どもたちの存在も大事でした。
 何か仕えるということはできず、むしろ仕えてもらうばかりの人もいたでしょう。しかしそういう人の存在によって、その場に愛が生まれます。レビ族のすべてが、愛の共同体を支える大事な存在でした。
 赤ちゃんや高齢者の方、障害のある方と接するとき、そこに愛が生まれます。
 若く健常な人が愛してあげるなどということではありません。逆に、弱さを抱えている人たちから愛を受け取ります。
 そして自分たちの側には愛がないことに気づかされます。だからこそイエス様の愛が必要なのです。
 イエス様の愛を受け取り、イエス様の愛で愛する。その愛の流れの中で霊の火が燃え続けます。

 自分は何の奉仕もできないと思う方がいるかもしれません。
 いいえ、あなたの存在が大事です。あなたによって私たちは愛を感じます。
 イエス様の愛をあなたから受け取り、あなたがいるからこそ愛を学ばせていただいています。
 ただそこにいるだけでもいいです。あなたがいてくださるから、そこに愛が生まれます。
 それぞれが置かれた場所で、イエス様の愛を受け、流し、神の国を建て上げていきます。

神の国のエンドロール

 イエス様が帰って来る時、神の国は完成します。
 天のお父さんは命の書に記された人たちの名を読み上げます。
 そこで呼ばれるのは12使徒やパウロ、アウグスティヌスやルターのような大御所ばかりではありません。
 無名のクリスチャンたちの名前ももらさず神は読み上げます。彼らもイエス様の愛を受けて流し、神の国の完成のために仕えたからです。
 神の国のエンドロールです。
 私たちの存在が、神の国を建て上げていくために大切な存在です。
 神様は私たちに大切な役割を与えています。

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