教会のビジョン1 私たちは神を愛する

教会のビジョン1

私たちは神を愛する

申命記 6:4-5

4 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。5 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

卒業し新しい一歩を踏み出す

 3月。卒業の季節です。学校での学びや保育園幼稚園での生活を終えた若者たちが、次のステージへと巣立っていきます。胸を張って門出する彼らの人生の祝福を願わずにはいられません。

 昨日は長男の保育園で卒園式がありました。
 式の中で子どもたちが卒園証書を受け取り、それを高く掲げ「わたしは○○名人です!」と宣言する時間がありました。皆、自信を持って発表していました。

 私もかつて学校で担任を持たせていただきました。卒業の時には、この学校で学んだことに誇りを持ってほしいと伝えました。
 自分のルーツに誇りを持てるかどうかは、人生に大きな影響を与えます。
 自分のルーツに誇りを持てない人もいるでしょう。私はこのような家庭で生まれ育ったせいで不幸になった。このような性格になったのはあの学校でいじめを受けたからだ。
 人は確かに過去の出来事に影響を受けます。
 しかし人生に決定的な影響を与えるのは「人生で何を経験してきたか」ではなく「神があなたに何を望んでおられるか」です。
 神があなたに望んでおられることを知るとき、過去がどうであれあなたは胸を張って新たな一歩を踏み出せるようになります。

 私たちの教会は新たな一歩を踏み出そうとしています。
 神が私たちに望んでおられることは何か。神の言葉を聞き、どのような教会を目指していくべきか見出していきます。

神の民が目指すべき生き方

 今日の本文はイスラエルの民に神が命じた言葉です。
 「聞け、イスラエルよ。」と呼びかけられています。これはヘブライ語で「シェマー イスラエル」と言い、ユダヤ人がとても大切にしている言葉です。
 これは40年間荒野をさまよい、これから約束の地カナンに入って行こうとする民に、モーセが伝えた神の言葉です。

 今日の本文の前には十戒が語られ、これを忠実に行うよう求められます。神の民イスラエルがどのように生きるか。目指すべき生き方が語られています。
 その要点として、「聞け、イスラエルよ。」と呼びかけます。
 何を聞くべきなのか。「我らの神、主は唯一の主である。」そして「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」 この2つです。

唯一の神を礼拝する

 前半は十戒の第一戒「神は唯一である」に通じる言葉です。
 ウェストミンスター小教理問答によると第一戒が求めていることはこれです。

神を唯一のまことの神また私たちの神として知り、認めること、またそれにふさわしく神を礼拝し、神の栄光をあらわすことです。

ウェストミンスター小教理問答 第46問 答え

 唯一の神を自分が頼り仕える唯一の方とし、礼拝することが求められています。

全存在をかけて神を愛する

 後半は心も魂も力も、つまり全存在をかけて神を愛することが求められています。
 イエス様も神を愛することが最も重要な掟の1つであると教えます。

37 イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』38 これが最も重要な第一の掟である。39 第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』

マタイによる福音書22:37-39

神様が大切にするものを大切にする

 神の民が目指すべき生き方の要点として、なぜ神を愛することが求められているのでしょう。

愛こそ最も重要な掟

 皆さんは誰かを愛したことがありますか。人を愛したことのない人はまず恋愛をしてください。
 余談ですが、私が高校生の時にラジオで松任谷由実さんが「人は恋の数だけ大人になるのよ」と言っていて、恋愛って大事なんだなと学びました。
 恋愛経験者の皆さん、思い出してください。あの甘酸っぱい日々を。
 たとえばデートに行くとしますね。昼飯どうしようか。
 「あの新しくできたラーメン屋気になるな。いや、あの唐揚げ山盛りの定食屋もいいな。」と思っても口に出しませんね。
 相手の好みに合わせます。相手もそれが好きならいいですが、相手がオシャレなランチを求めているなら、自分勝手な思いは我慢してオシャレなお店に行きます。「ビストロクロネコでフレンチでもしようか。」
 誰かを愛するとき、私たちは相手の大切なものを大切にするようになるのです。

 ヨハネはこのように言います。

神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。

ヨハネの手紙一5:3

 神を愛する人は、神が求めていることを行うようになります。そして神が大切にしているものを大切にします。
 神は人を愛しています。だから神を愛するなら、人をも愛します。
 630あると言われる掟を1つ1つ覚えなくても、神を愛するなら守るようになります。
 だからまず神を愛することが求められるのです。

神様が何を愛しているかを知る

 私たちはこの神の言葉を受け取りましょう。
 「聞け、イスラエルよ。」これは私たちにも語られています。
 私たちの教会は、神を愛する教会を目指します。

 しかしこれでは漠然とし過ぎています。具体的にどうすればいいのでしょう。
 また恋愛の話に戻りますが、あなたは相手の好みをどうやって知りますか?
 勝手なイメージで「女子はピンクが好きだろ」と思っていると失敗します。
 会話をしたり普段の相手の様子を見たりして、コミュニケーションを取らないとわかりません。

 だから神を愛するために、神様とコミュニケーションを取ってください。
 聖書を読み、神様の言葉に耳を傾けてください。祈りを通して神様とお話してください。
 神様の普段の様子を観察することはできません。しかし神がどのようなお方であるかはイエス様を見ればわかります。

いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

ヨハネによる福音書1:18

 イエス様に出会う時、私たちは神の子とされます。そして天のお父さんを愛する生き方に変えられていきます。

自分で聖書を読み祈る

 今日の本文では「あなたの神、主を愛しなさい。」と命じられています。
 あなたたちの神ではなく、あなたの神です。
 信仰は個人のものです。だから私たち一人一人が、イエス様と個人的に出会い、「わたしの主、わたしの神よ」と告白する必要があります。
 神を愛する教会を目指す上でまず大事なのは、私たち一人一人が聖書を読み、祈り、自分の神様と出会うことです。

神を愛せなかった人生から卒業

 残念ながら私たちの愛は不完全です。親子でも愛せなくなることはあります。
 神を愛する力は私たちの中にありません。心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして愛しなさいと言われても不可能です。神を愛するなら神の掟を守るはずだと言われても、無意識のうちに神様が嫌がることをしてしまいます。
 浮気がダメだというのは恋愛をしたことがない人でもわかりますね。
 ではあなたは神ではないものをまるで神であるかのように頼ったことはありませんか。
 自分の力や経験、お金などこの世の物質、またこの世で影響力を持つ人間。あるいは寺や神社、占いなど。
 私たちは簡単に神を捨て、他のものを愛してしまいます。

唯一の神を愛する者になれ

 今日の本文が語られたとき、イスラエルの民も浮気の危険性がありました。
 彼らの父親の世代は、神の奇跡を経験しながらも神を信頼できませんでした。神よりも目の前に見える状況、あるいは自分たちの力に信頼を置きました。
 その結果、約束の地の目前に来ながらそれを得られず、40年間さまよいます。そして父親たちのほとんどは荒野で亡くなりました。
 そしてカナンの地では、先住民たちの信じる神々があり、不道徳な礼拝が行われていました。
 イスラエルの民は父親たちと同じように浮気し神を捨てる危険性があります。
 そこから抜け出し、古い生き方を捨て、神を愛する民を目指さなければなりません。

 そのために神の言葉に耳を傾ける必要があります。
 「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。」
 過去のあなたがどうであれ、それは既に荒野で死んだ。
 今あなたは神の言葉を聞き、神を愛する者として新しい一歩を踏み出せ。
 神はそのように招きます。

古い人は死にキリストに結ばれ生きる

 神を愛せなかった古いあなたはもう死にました。
 イエス・キリストと共に十字架で死んだのです。
 今あなたは復活のキリストと共に新しい命に生かされています。
 完全に神を愛し、完全に神の掟に従い抜いたキリストに結ばれています。
 だからあなたは神を愛する者として新しい人生を歩み出せます。
 あなたの全存在をかけて、神を愛して生きるのです。

1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。

ローマの信徒への手紙12:1-2

生活の中で神を愛する礼拝者

 私たちの教会は、目の前の状況や自分たちの力を見て恐れていたかもしれません。人がいなくなる。建物が狭い。お金がない。自分たちには何もできない。
 そのような古い考えからは卒業です。古い私たちはキリストと共に十字架で死んだのです。
 神の言葉を聞き、新しい一歩を踏み出しましょう。

 私たちは神を唯一とし、ふさわしい礼拝をささげることが求められています。
 私たちがなすべき礼拝は、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げる生き方です。
 日曜日に教会でささげられるだけのものではなく、私たちの生活のすべてが礼拝です。
 家でも職場でも学校でも遊ぶ時でも神を愛します。
 唯一の神を神とし、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして神を愛して生きるのです。

 神を愛せなかった古い私たちから卒業です。
 卒業証書を受け取り、高らかに宣言してください。
 「私は神を愛する名人です!」

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