創世記48

結婚に備えて祈る

創世記 24:1-14

1 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。2 アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。「手をわたしの腿の間に入れ、3 天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、4 わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」5 僕は尋ねた。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」6 アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。7 天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。8 もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」9 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。10 僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。11 女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、12 祈った。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。13 わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、14 その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」

人生設計

 皆さんは結婚について祈ったことがありますか?これからの方は祈っていますか?
 恥ずかしながら、私は結婚について全く祈っていませんでした。
 自分が結婚するなど全く考えていなかったからです。若く健康な時にどんあ葬式をあげようかなんて考えないでしょう。20代の私にとって結婚というのは遠い未来の話でした。
 しかし10代の時には結婚について考えたことがあります。高校3年生の時です。
 生徒会の役員だった私はある日の放課後、生徒会室にいました。生徒会室には様々な行事のファイルが保管されています。その棚に、なぜか結婚情報誌も置かれていました。先輩たちの悪ふざけです。それを後輩の女子が見つけて、面白そうに読んでいました。「カップルの理想の身長差は15㎝だって。うちらちょうどいいじゃん。」などと絡んできます。結婚相手に求める条件に身長差はないだろうと思いつつ「はいはい」と適当に流していました。
 しかし将来の人生設計を立てようという話になったとき、これは面白そうだなと思って一緒にやってみました。ちょうど学校の先生を目指すという進路が定まった頃です。
 その時に考えたのは、18歳で高校を卒業して大学に入学。22歳で大学を卒業し、教師になる。しばらくしていい人に出会い、お付き合いする。高校卒業から10年後、28歳で結婚というものです。
 ふざけて書いたものなので、あまり気に留めず忘れ去っていました。
 それから高校を卒業し大学に進学、大学も4年間で卒業し教師になりました。計画通り。
 しかしいい人にめぐりあうことはなく、イエス様に出会って救われ、教師を辞めて神学校に入りました。
 この頃は教会の活動に熱心で、恋愛とか結婚とか考える余地がありませんでした。
 そうこうしているうちに神学校を卒業し、教会のスタッフとしての働きが始まりました。
 そんなとき、私が教会に行き始めたころにお世話になった沈牧師から「梓伝道師のことどう思う?」と聞かれました。ただ印象を聞かれただけかと思って「いい人だと思います。」と答えました。
 実はこれが結婚相手をマッチングするためのインタビューだったと、後になって気づきました。
 それで自分自身は結婚する気がなかったのに教会内で結婚の話が進み、2014年3月に結婚させていただきました。
 そんな形で結婚したので妻にはたくさん迷惑をかけましたが、夫として妻を愛すると神と人の前で誓った以上、妻を愛し抜かなければならないと決意しました。その思いは今も変わりません。

 結婚してから、そういえば人生設計を立てたなと思い出しました。
 結婚したのは29歳の時でした。惜しい、1年遅れ。
 と思ったら、結婚が決められたのは誕生日を迎える前、28歳の時でした。
 ああ、神様はあんなふざけた計画も覚えていてくださったのか。
 教師になってからいい人と出会うというのも外れたように思えますが、実は梓先生とは大学生の時に既に出会っていました。
 神様は私の考え以上のことを成し遂げてくださいました。

 神様は私たちの祈りを聞いてくださいます。
 どのような人とどのような家庭を築きたいか、ぜひ祈ってみてください。
 具体的に祈ってみてください。
 神様の恵みを体験します。

人生の伴侶のため祈る

 サラの死から3年ほどの月日が流れました。アブラハムたちはヘブロンを去り、再びネゲブ地方に住みました。
 神様はそこでもアブラハムに祝福を与えてくださいました。
 満ち足りて、後は天の故郷からお迎えが来るのを静かに待つだけ…。
 とはいきません。アブラハムにはまだしなければならないことがあります。
 それはイサクの嫁探しです。
 子孫が与えられ、土地も一部が与えられ、祝福の源になっている。自分の世代では神様の約束が実現している。
 しかしこの約束は子孫に受け継がれていかなければなりません。
 イサクも家庭を築き、その信仰を次の世代に受け継がせるのです。
 そのためには、一緒に信仰の家庭を築いていけるお嫁さんをもらわなければなりません。

嫁に求める条件

 そこでアブラハムは全財産を管理している年寄りのしもべを呼び出しました。
 彼はアブラハムに子どもが与えられなかったとき、代わりに家を継がせようとしたダマスコのエリエゼルというしもべかもしれません。同一人物かわかりませんが、このしもべのことはエリエゼルと呼ぶことにします。
 アブラハムはエリエゼルに、イサクの嫁探しをするように頼みます。
 そこで課した条件は、「わたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」というものでした。
 お嫁さんはカナンの女性ではダメ。
 そしてイサクがあちらに婿入りするのではなく、お嫁さんがこちらに嫁いで来なければならない。
 なぜ親が子どもの結婚相手や住む場所まで口出しするのか。
 それは主の約束に従うためです。
 「天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。」この神の約束に従うために、同じ主なる神様を見上げることができなければならない。
 そしてこのカナンの地に留まらなければならないのです。
 これは神様が約束してくださったことですから、成し遂げられるように天使が守ってくれるとエリエゼルに告げます。

共に神を見上げられる人を求める

 結婚という人生の一大事。そこで求める条件は何ですか。
 高学歴、高収入、高身長ですか。見た目の良さや家柄ですか。
 そういうスペックばかり見ないでください。
 人生を共に歩むパートナーです。同じ方向を向けることが大事です。

 聖書の中の有名な夫婦にマリアとヨセフがいます。
 ヨセフはいい人でした。マリアちゃんもヨセフさんのそういうところに惹かれ、婚約を受け入れたのかもしれません。
 しかしヨセフがただのいい人だったら、マリアの妊娠を知ってひそかに去らせ、婚約を破棄したでしょう。
 でも天使ガブリエルが現れ、神様の約束を受け取りました。
 マリアと一緒にこの神様の救いの約束を握りました。
 だから命の危機を顧みず、マリアとイエスを守り抜きました。
 見た目や経歴、性格などの人間的な部分ばかり見てはいけません。
 一緒に神様を見上げ、共に歩む人生の伴侶を祈り求めてください。
 それが成し遂げられるよう、天使が守ってくださいます。

具体的に祈る

 エリエゼルはらくだ10頭と高価な贈り物を持ってナホルの町に向けて出発しました。
 らくだというのはすごい動物です。砂漠を移動するために造られたかのようです。
 飲み食いせずに数日間旅行できます。
 300㎏の荷物を背負うことができ、その状態で時速4kmで30時間歩き続けられます。
 荷物がなければ時速16kmで18時間走り続けられます。
 水は一度に45ℓ飲みます。
 高価な贈り物については後で出てきますが、金の装身具や衣装など、それにエリエゼルたちの水と食料など。それをらくだに運ばせ、無事にナホルの町に着きました。

自分の感覚ではなく主の導きを求める

 ナホルの町にはアブラハムの兄弟ナホルの家族が住んでいます。
 8人息子が生まれたと聞きました。その息子たちに娘が生まれていたら、イサクのお嫁さんにちょうどいい。
 しかしエリエゼルは彼らに会ったことありません。どうやってお嫁さんを探したらいいでしょう。
 エリエゼルは自分の感覚は頼れないとわかっているので、神様に祈りました。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。」神様の慈しみを求めます。

 そこは井戸のそば。「水汲みに来た娘さんに水を飲ませてくださいと頼んで、らくだにも飲ませてくれる人がいたら、その人こそイサクのお嫁さんに神様が選んだ人だとさせください」と祈りました。
 当時水汲みは女性の仕事で、涼しい朝と夕方に水汲みをしていました。
 ちょうど夕方なので女性たちが水汲みに来るはず。
 旅人をもてなす習慣があるので、自分には水を飲ませてくれるだろう。
 ここで地元の人に求められるのは旅人自信に水を飲ませることであって、旅の供である動物に飲ませることは求められていません。ましてらくだにまで水を飲ませる人はいません。45ℓも飲むんです。それが10頭もいる。450㎏分の水を井戸から汲み上げる。そんなことを自分から言い出す女性がいるだろうか。
 だからエリエゼルはこれを神様からのサインだと捉えることにしました。
 エリエゼルは見た目や家柄について一切触れていません。
 ただ旅人をもてなす真実さ、仕える愛の部分に注目しています。

神が人生の道筋をまっすぐにする

 エリエゼルの祈りは具体的でした。
 皆さんも具体的に祈ってみてください。
 結婚だけでなく、就職や進学など人生の大事な選択をしなければならない場面があります。
 そこで自分の願いを神様に打ち明ける。

 イエス様は「わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命した」と言います。
 神様は私たちを通して成し遂げたいことがあります。
 それを成し遂げるために必要な力や資源は神様が与えてくれるはずです。
 神様、これが必要です。こういうふうにしたいです。期限はいつまでです。具体的に祈ってみてください。
 神様が祈りに答えてくださるのを体験します。

 自分の願った通りにならないことは多々あります。
 それは神様が私たちの人生を軌道修正してくださっているということです。

常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば/主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。

箴言3:6

 人生の様々な場面で神様に目を向けて祈ってください。そうしたら人生の道筋がまっすぐになります。
 紆余曲折はありますよ。
 しかしそれが最も良い道だったと、振り返って気づきます。

結婚後も祈り続ける

 私自身は結婚について祈ってこなかったのですが、妻は祈っていたそうです。
 そこで祈ったことは「自分の感覚は信用できないので、神様が結婚相手を与えてください」というものでした。
 実際、私たちは自分で相手を選んだのではなく、与えられた相手と結婚しました。神様が結び合わせてくださいました。
 私たちも自分の感覚を頼るのではなく、神様が良いと思われることが成し遂げられるよう祈っていきたいです。
 結婚後も、どのような家庭を築いていきたいのか祈り続けてください。

花婿キリストとどのように歩んでいくか

 結婚についての祈りというテーマで話しをしてきました。
 これは、今後結婚する人だけに語られているのではありません。既に結婚した方も、もう結婚せずにシングルで生きると決意した方にも関係のある話です。
 私たちはキリストの花嫁だからです。
 花婿であるキリストが迎えに来られるのを待っています。
 私たちもキリストとどう歩んでいくかが問われています。
 どのような家庭を築きたいか、どのような信仰生活を歩んでいきたいかを祈ってください。
 そうして自分の人生について具体的に祈っていくとき、私たちの思いをはるかに超えて偉大なことをなさる神様の恵みと慈しみを体験します。


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