創世記46

もう一人の信仰の父

創世記 22:20-24

20 これらのことの後で、アブラハムに知らせが届いた。「ミルカもまた、あなたの兄弟ナホルとの間に子供を産みました。21 長男はウツ、その弟はブズ、次はアラムの父ケムエル、22 それからケセド、ハゾ、ピルダシュ、イドラフ、ベトエルです。」23 ベトエルはリベカの父となった。ミルカは、アブラハムの兄弟ナホルとの間にこれら八人の子供を産んだ。24 ナホルの側女で、レウマという女性もまた、テバ、ガハム、タハシュ、マアカを産んだ。

 創世記22章を4回に分けて語ってきました。今日がその4回目。やっと終わりです。
 22章のおもな内容はイサクの犠牲。これがものすごく重要なので、小分けにする必要がありました。
 しかし先週のところでアブラハムは無事にイサクと一緒に若者たちと合流し、べエル・シェバに帰ったんです。もうイサクの犠牲の話は完結してます。
 今日の本文はその後にあった、イサクの犠牲と関係ないおまけの話です。
 ここまでまとめて先週取り扱っても良かったのですが、あえて今日はこの箇所からメッセージを語ることにしました。
 おまけのような短い箇所からも、神様が語られることがあります。聖書の中に、無意味な箇所は1つもありません。

同じ父のもとに生まれた家族

 今日の本文はアブラハムの兄弟ナホルがミルカとの間に8人の男の子を産んだという知らせを聞いたという内容です。

イサクも信仰の父になれるだろうか

 「これらのことの後で」とありますが、これらのことというのは、イサクを焼き尽くす献げ物にせよという神の理不尽な命令があり、100%の信仰で従い、主の山に備えがあると知ったこと。そして子孫、土地、祝福の源の約束が息子イサクの聞いているところで語られたことです。
 こういうことがあったので、アブラハムは考えたと思います。「神様は本当にこの約束の子イサクを祝福し、空の星、海辺の砂のように大いなる国民にしてくださるのだな。」
 ここで1つ心配があります。イサクは果たしてこの祝福を受け継いでいけるだろうか。
 イサクも家庭を築き、その信仰を子どもたちに受け継がせなければなりません。イサクも次の信仰の父にならないといけない。
 そのためには、一緒に主なる神様を見上げられるお嫁さんを見つけなければなりません。
 信仰の父アブラハムは息子のお嫁さんのために祈り始めたでしょうね。

テラの子たち

 そのタイミングで兄弟ナホルとミルカの息子たちの話を聞いたわけです。
 皆さん、覚えていますかこの名前。9ヶ月ぶりに聞きました。創世記11章に出てきます。
 この時、アブラハムはまだアブラムという名前でした。
 ちょっと整理すると、テラにはアブラム、ナホル、ハランという3人の息子がいました。
 また別の母親との間にサライという娘がいました。アブラムはサライと結婚します。
 ハランは早くに亡くなりますが、息子のロト、娘のミルカとイスカがいました。
 ナホルは結婚が遅くて、姪のミルカと結婚しました。結婚できなかったのではなく、結婚しなかったのでしょうね。ナホルは後に自分の名前が付く町を建てていますから、有能な人だったのでしょう。
 そしてこのナホルとミルカの間に8人の息子たちが生まれたわけです。ナホルの有能さはアブラハムも知っています。そのナホルの息子たちですから、きっと立派な子たちでしょう。
 それに母親のミルカはハランの娘。ハランの息子ロトとはしばらく一緒に旅をしたけれど、住んでいたソドムは滅亡してしまった。ロトのその後の消息をアブラハムは聞いていません。ハランの血を受け継いだ息子たちだという点もうれしいところです。
 同じヘブライ人の家系。この息子たちから女の子が生まれたら、将来イサクのお嫁さんにいいかもな。そんな妄想を膨らませていたかもしれません。

 こうして物語は徐々にアブラハムから次のイサクへと切り替わっていきます。
 創世記の中で系図が物語の区切りになっているという話をしました。
 今日のところは系図ではないのですが、それに近い役割を果たしているのがわかります。
 そして聖書はナホルとミルカの息子たちの中で、ベトエルにリベカという娘が生まれたと記しています。
 この続きはまた今度…。

同じ神のもとに生まれた神の家族

 アブラハムとナホルはもう何年会っていないのでしょう。40年以上にはなると思います。そんな長い間離れていた家族の様子を知ることができたらうれしいですね。
 同じ父のもとに生まれた家族ですから。
 聖書はこの家族のつながりを大事にするよう教えています。
 夫婦は神が結び合わせた神秘的な関係。
 子は親を敬い、親は主がしつけ諭されるように子育てをする。
 主イエスを信じたら、あなたも家族も救われる。

 そしてイエス・キリストへの信仰は、血縁による家族を超えた神の家族という関係に私たちを招きます。
 キリストの十字架によってあらゆる隔ての壁は壊され、私たちは国籍、民族、言語など様々な違いを超えて神の家族になったのです。
 私たちは互いに兄弟姉妹です。

 金曜日に韓国のオヌル教会から、土曜日にヨハン東京キリスト教会から長老さん執事さんたちが来てくださいました。
 昨日は朝から夜まで教会の修繕工事をしてくださいました。
 教会に入るところから、新しくなったのを感じましたね。
 このように仕えてくださるのは、同じ父のもとに生まれた家族だからです。

9 たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。10 ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。

ガラテヤの信徒への手紙6:9-10

 信仰の父アブラハムが家族を大事にしたように、私たちも自分の家族を、そして神の家族を大事にしていきたいと願います。

ウツの地の信仰の父

 そのタイミングで兄弟ナホルとミルカの息子たちの話を聞いたわけです。皆さん、覚えていますかこの名前。9ヶ月ぶりに聞きました。創世記11章に出てきます。この時、アブラハムはまだアブラムという名前でした。ちょっと整理すると、テラにはアブラム、ナホル、ハランという3人の息子がいました。また別の母親との間にサライという娘がいました。アブラムはサライと結婚します。ハランは早くに亡くなりますが、息子のロト、娘のミルカとイスカがいました。ナホルは結婚が遅くて、姪のミルカと結婚しました。結婚できなかったのではなく、結婚しなかったのでしょうね。ナホルは後に自分の名前が付く町を建てていますから、有能な人だったのでしょう。そしてこのナホルとミルカの間に8人の息子たちが生まれたわけです。ナホルの有能さはアブラハムも知っています。そのナホルの息子たちですから、きっと立派な子たちでしょう。それに母親のミルカはハランの娘。ハランの息子ロトとはしばらく一緒に旅をしたけれど、住んでいたソドムは滅亡してしまった。ロトのその後の消息をアブラハムは聞いていません。ハランの血を受け継いだ息子たちだという点もうれしいところです。同じヘブライ人の家系。この息子たちから女の子が生まれたら、将来イサクのお嫁さんにいいかもな。そんな妄想を膨らませていたかもしれません。
 こうして物語は徐々にアブラハムから次のイサクへと切り替わっていきます。創世記の中で系図が物語の区切りになっているという話をしました。今日のところは系図ではないのですが、それに近い役割を果たしているのがわかります。そして聖書はナホルとミルカの息子たちの中で、ベトエルにリベカという娘が生まれたと記しています。この続きはまた今度…。
 アブラハムとナホルはもう何年会っていないのでしょう。40年以上にはなると思います。そんな長い間離れていた家族の様子を知ることができたらうれしいですね。同じ父のもとに生まれた家族ですから。聖書はこの家族のつながりを大事にするよう教えています。夫婦は神が結び合わせた神秘的な関係。子は親を敬い、親は主がしつけ諭されるように子育てをする。主イエスを信じたら、あなたも家族も救われる。そしてイエス・キリストへの信仰は、血縁による家族を超えた神の家族という関係に私たちを招きます。キリストの十字架によってあらゆる隔ての壁は壊され、私たちは国籍、民族、言語など様々な違いを超えて神の家族になったのです。私たちは互いに兄弟姉妹です。金曜日に韓国のオヌル教会から、土曜日にヨハン東京キリスト教会から長老さん執事さんたちが来てくださいました。昨日は朝から夜まで教会の修繕工事をしてくださいました。教会に入るところから、新しくなったのを感じましたね。このように仕えてくださるのは、同じ父のもとに生まれた家族だからです。『9 たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。10 ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。』(ガラテヤの信徒への手紙6:9-10) 信仰の父アブラハムが家族を大事にしたように、私たちも自分の家族を、そして神の家族を大事にしていきたいと願います。

 といったところで今日の本文は終わり。
 メッセージは早めに終わり…
 にしてもいいのですが、もう少しだけ話をさせてください。

 ナホルとミルカの長男はウツと言います。
 ちょっと暗い感じの名前ですが。彼も父ナホルのように有能な人だったのではないかと思います。聖書の中で、ウツという地名が出てきます。彼も自分の名前が付く町を建てたのかもしれません。

ヨブ

 ウツという地名はヨブ記1:1に出てきます。「ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。」
 聖書の中でノア、ダニエルに並ぶ正しい人ヨブ。彼が住んでいたのがウツです。
 7人の息子と3人の娘がいます。それに羊7,000匹、らくだ3,000頭、牛500くびき、雌ろば500頭の財産がありました。たくさんの召し使いもいます。東の国一番の富豪です。
 何となくすごいなというのは伝わってきます。でも財産と言ったら、銀行の預金がいくらとか、金が何㎏とか、土地がどれくらい、高級外車が何台とかだとイメージしやすいですね。羊が7,000匹と言われても…。
 これはヨブが遊牧民のような生活をしていた族長であったことを示しています。アブラハムも家畜を財産にしていましたね。
 もしかするとナホルとミルカの長男ウツが東の方に町を建て、その子孫としてヨブが生まれたのかもしれません。
 そうするとヨブもヘブライ人の家系であり、主への信仰を受け継いでいたと考えられます。

 このヨブも家族を大事にする人でした。
 定期的に息子たちを呼び寄せ、朝早くから彼らのためにいけにえをささげていました。かなり大掛かりな、家族のための執り成しの祈りです。

理不尽な苦しみにあっても主を賛美する

 ところがある日すべての財産を失い、ほとんどの召し使いも失い、息子たち娘たちも失ってしまうという惨事が起こります。
 実はこの惨事の裏にはサタンが動いていました。
 さらに衝撃的なことは、サタンが主なる神様の許可を得てこれをやったことです。
 主なる神様がヨブの家族を奪ったようなものです。
 しかしヨブはこう言います。

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」

ヨブ記1:21
レオン・ボナ「ヨブ」

 ヨブはどんな時も主を賛美しました。

 私たちの人生の中には、理不尽な苦しみが襲ってくることがあります。
 突然の災害によって財産や家族を失う。
 病気になって思い描いて来た夢が絶たれる。
 サタンの攻撃としか思えないような試練がやってくる。
 神は全知全能であり、すべて神の許しの下で起こっています。
 そう考えると、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)」と叫びたくなります。

塵の上に立つ贖い主を見上げる

 しかし神様はいつも良いお方。
 神様は災いの計画ではなく、平和の計画を持っておられる。万事が益になるように共に働く。
 だから信仰者はいつも主を見上げ続けます。
 友人たちとの会話の中で、ヨブはこう告白します。

25 わたしは知っている/わたしを贖う方は生きておられ/ついには塵の上に立たれるであろう。26 この皮膚が損なわれようとも/この身をもって/わたしは神を仰ぎ見るであろう。27 このわたしが仰ぎ見る/ほかならぬこの目で見る。腹の底から焦がれ、はらわたは絶え入る。

ヨブ記19:25-27

 主は生きておられる。
 十字架で死なれた私たちの贖い主は、死の力を打ち破り復活された。
 この主に望みを置くなら、私たちは新たな力を受けます。

 今日はアブラハムに加えて、もう一人の信仰の父ヨブを紹介しました。
 どちらも理不尽な苦しみの中で神を信頼し続けました。
 皆さんの人生の中でも試練が襲ってきます。
 それでも主を見上げ、賛美してください。
 復活の主が共におられます。
 神の家族とされた兄弟姉妹皆さんの祝福をお祈りします。


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