創世記講解54

失敗を乗り越えて

創世記 26:1-14

1 アブラハムの時代にあった飢饉とは別に、この地方にまた飢饉があったので、イサクはゲラルにいるペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。2 そのとき、主がイサクに現れて言われた。「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。3 あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓いを成就する。4 わたしはあなたの子孫を天の星のように増やし、これらの土地をすべてあなたの子孫に与える。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。5 アブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めや命令、掟や教えを守ったからである。」6 そこで、イサクはゲラルに住んだ。7 その土地の人たちがイサクの妻のことを尋ねたとき、彼は、自分の妻だと言うのを恐れて、「わたしの妹です」と答えた。リベカが美しかったので、土地の者たちがリベカのゆえに自分を殺すのではないかと思ったからである。8 イサクは長く滞在していたが、あるとき、ペリシテ人の王アビメレクが窓から下を眺めると、イサクが妻のリベカと戯れていた。9 アビメレクは早速イサクを呼びつけて言った。「あの女は、本当はあなたの妻ではないか。それなのになぜ、『わたしの妹です』などと言ったのか。」「彼女のゆえにわたしは死ぬことになるかもしれないと思ったからです」とイサクは答えると、10 アビメレクは言った。「あなたは何ということをしたのだ。民のだれかがあなたの妻と寝たら、あなたは我々を罪に陥れるところであった。」11 アビメレクはすべての民に命令を下した。「この人、またはその妻に危害を加える者は、必ず死刑に処せられる。」12 イサクがその土地に穀物の種を蒔くと、その年のうちに百倍もの収穫があった。イサクが主の祝福を受けて、13 豊かになり、ますます富み栄えて、14 多くの羊や牛の群れ、それに多くの召し使いを持つようになると、ペリシテ人はイサクをねたむようになった。

楽しいお祭りかと思ったら…

 浜松の街中に若者が一番多く集まるのはいつでしょうか。
 人数的には浜松まつりかもしれません。
 若者の割合が多いのは、ハロウィンではないかと思います。昨日もたくさんの若者たちが集まっていました。
 活気があるのはいいですが、ハロウィンは好きになれません。むしろ大嫌いです。
 ハロウィンの定番の飾りにジャック・オ・ランタンというカボチャのおばけがありますよね。
 ある人が悪魔をだまして、死んでも地獄に落ちないという約束を取り付けました。でも彼が死んだ後、神を信じないので天国にも入れませんでした。天国にも地獄にも入れず、かぼちゃに取りついてさまよっている姿だという伝承があります。
 そんなもの飾るなよ。
 ハロウィンではよく仮装しますよね。あこがれのヒーローやヒロインになりきるのはいいと思います。スーパーマンとかプリンセスとかね。昨日の浜松駅にはティラノサウルスもいました。
 でもゾンビの仮装は何なんですか。ゾンビのようになっても良いことないですよ。
 子どもたちが近所を回ってお菓子をもらうのもアリだとは思います。イタズラはしないでね。
 気をつけてほしいのは、絶対に知らない人からお菓子をもらっちゃダメです。
 お菓子に見せかけた危険ドラッグもあります。
 楽しいお祭りだと思っていたら、思わぬ犯罪に巻き込まれたり、悪霊にスキを与えたりしてしまうこともあります。

 人生を振り返ってみたとき、こんなはずじゃなかったのにという思わぬ失敗をしてしまった経験はありませんか?

祝福へ導く神の声

 創世記26章に入ります。ここはイサクが主役です。
 イサクが立派な信仰者として活躍する話…
 ではなく、信仰と現実の問題との間で葛藤する話です。

信仰に留まれ

 まずカナン地方で飢饉があったということが書かれてあります。
 イサクはゲラルにいるペリシテ人の王アビメレクのもとに身を寄せました。アビメレクとは父アブラハムの時代に友好関係が築かれました。
 しかしゲラルもカナン地方のすぐ近く。いつ水や食料が尽きてもおかしくありません。さらに下ってエジプトまで行った方が安心です。
 そのとき、主がイサクに現れて言われました。「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。」
 1節で、この飢饉はアブラハムの時代にあったのとは別だと書かれていました。創世記12章でも飢饉があったのを覚えていますか?そのときアブラハムはエジプトを頼りました。
 そこでどんな事件がありましたか。アブラハムは自己保身のために、妻サラを妹だと偽ったんですね。
 それで夫婦関係に不信感が入り込み、約束の地、大いなる国民の父、祝福の源という神の約束も危機に陥りました。
 イサクが父と同じ過ちを繰り返さないように、神様が止めてくださいました。
 そしてカナンの地に留まるなら、主なる神様が共にいて祝福し、アブラハムとの約束を成就すると言います。
 つまり子孫は天の星のように増え、約束の地を与え、すべての民の祝福の源になるということです。
 神様はイサクに、父アブラハムのように信仰で生きる者になることを求めます。

神様の期待

 イサクは神に従い、ゲラルに留まりました。
 エジプトという目に見える豊かさではなく、今はまだ見えない神の祝福を選び取る。
 前のエサウとヤコブの話にも通じるところがあります。
 神様はイサクをアブラハムに倣う信仰の子として、また息子たちに模範を示すことのできる父親にしようと訓練してくださいます。
 イサクを通して家庭を祝福しようとしておられます。神様のイサクに対する期待が感じられます。

 ペトロは漁師でしたが、夜通し労苦しても魚が1匹も捕れませんでした。
 イエス様は彼に「沖に漕ぎ出して網を下ろし、漁をしなさい。」と言われます。
 ペトロが言う通りにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになるほどでした。
 そしてイエス様はペトロに言います。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」
 イエス様のペトロに対する期待が感じられます。

痛みによって神の声が聞こえる

 イエス様は私たちに対しても期待を持っています。
 「わたしに従え」「沖へ出でよ」「ここに留まれ」私たちに語りかける声があります。
 しかし普段、私たちは神様の声に気を配りません。
 神様の声よりこの世の雑音が気になります。
 目の前の環境状況に振り回されます。
 そして神様を無視して自分中心の人生を生きようとする。

 そうやって右にそれ、左にそれて道を踏み外し、痛い目にあう。
 そういう思いがけない失敗を通して、ようやく立ち止まることができます。
 そこで静かにささやく主の声が聞こえてきます。
 イサクは飢饉を通して、ペトロは漁の失敗を通して、神様の招きを聞きました。
 自分の思った通りにならない時、思いがけない失敗をしてしまった時、神様の導きに従うチャンスです。

失敗の先にある神の計画を受け取る

妻を妹と偽る

 イサクはゲラルに留まりました。信仰を選び取りました。
 ところがすぐに問題が起こります。
 しばらくゲラルに滞在するので、住民の方たちとも仲良くしなければなりません。
 まずは挨拶から。「初めまして、イサクと申します。しばらくこちらでお世話になります。」
 「ようこそいらっしゃいました。アビメレク王様から話はうかがっています。困ったことがあれば遠慮なくおっしゃってください。ところで何名ほどこちらに?」
 「私と妻、息子が2人。それに召使いと家畜がいます。」
 「ではそちらの方が奥様…。」
 「いいえ、こいつは妹です!」
 なぜこんなウソをついたのか。妻リベカが美しく、自分が殺されるかも知れないと恐れたとあります。
 自分が夫だとわかれば、私を殺してリベカを妻にするだろう。ペリシテ人ならやりかねん。
 滅茶苦茶失礼です。ペリシテ人をどれだけ野蛮な民族だと思っているのか。

 同じような話を前にも聞いたことがありますね。そう、父アブラハムも妻サラを妹だと偽りました。
 しかもアブラハムはエジプトで1回、その後ここゲラルでもう1回やらかしています。
 ちなみにその時イサクはまだ生まれていません。それなのに親子で同じ失敗をしている。
 信仰の模範を受け継いでほしいのに、罪の模範までしっかり受け継いでいます。いやー、罪って遺伝するんですね。

笑い者イサク

 それからイサクはゲラルに長く滞在しました。自分を殺して妻を奪うような野蛮なペリシテ人の間に。
 ところが何も起こりません。
 イサクの恐れが根拠のないものだったことがわかります。ペリシテ人のことをよく知らないので、偏見から恐れを抱いていただけです。
 それで安心したイサクはリベカとイチャイチャし始めました。公共の場で。アビメレクの王宮から見えるところで。
 ここで戯れると訳された言葉は、笑うという意味の動詞です。イサクの名前の由来になった言葉です。だから仲良く戯れているイメージですね。
 しかしアビメレクはその様子を見てリベカが妻だと見抜いたので、兄妹ではあり得ないような親密さでイチャイチャしていたということになります。
 それでイサクのウソがバレてしまいました。
 イサクの名前は「笑う」。それがヘラヘラと人前で軽率な失敗をする愚かさとして現れました。
 そして父親と同じ失敗を繰り返し、ウソつき親子だと物笑いの種になります。

人々に喜びを与える祝福の源

 アビメレクはそんなイサクを罰することはしませんでした。あくまで友好的な態度を守ります。
 それは彼の心に、主の御言葉が思い出されたからかもしれません。
 アブラハムがサラを妹だと偽った時、主がアビメレクの夢に現れて言いました。「直ちに、あの人の妻を返しなさい。彼は預言者だから、あなたたちのために祈り、命を救ってくれるだろう。しかし、もし返さなければ、あなたもあなたの家来も皆、必ず死ぬことを覚悟せねばならない。」
 今回はリベカを誰かの妻にしたわけではありませんが、イサクを寛大に扱わなければ大変なことになると恐れたようです。
 アビメレクはイサクやリベカに危害を加える者は死罪だと、イサクたちを保護する命令まで出しました。

 安全が保障されたイサクはその後もゲラルに滞在し続けました。ペリシテ人とも仲良くし、彼らの畑を借ります。
 イサクがそこに種を蒔くと、100倍の収穫がありました。
 周辺の町や村は飢饉で苦しんでいるのに、イサクの畑だけ豊作。これは神様の恵みに違いない。
 イサクは神様の祝福を受けて富み栄え、家畜や召し使いも増えました。
 イサクの周りには喜びの笑顔があふれます。
 そう、これが本来のイサクの姿です。
 彼はヘラヘラと軽率に失敗する者でも、失敗を繰り返し笑われる者でもありません。
 イサクは、人々に喜びを与える祝福の源です。

失敗の先の計画がある

 ペトロはイエス様の期待に応え、人間をとる漁師として活躍するつもりでいました。
 ところがイエス様を知らないと言ってしまいます。それを3回繰り返しました。
 しかしイエス様は彼を見捨てませんでした。

しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

ルカによる福音書22:32

 イエス様はペトロが失敗することを知っていました。
 知った上で愛し抜く。そして執り成して祈り続けてくださいました。
 失敗を乗り越えた先の計画も持っています。
 こうしてペトロは人間をとる漁師になり、一度に3000人がイエス様を信じ洗礼を受けました。

あなたは何者か

 イエス様は私たちに対しても期待を持っています。
 しかし期待に応えられず失敗します。
 そんな私たちのアイデンティティは何ですか。
 失敗を繰り返す問題の源ですか。
 いいえ、私たちは世界を祝福する祝福の源です。
 昔から何も変わっていない。私たちは相変わらず罪の奴隷なのですか。
 いいえ、キリストの血潮によって救われました。私たちは自由な神の子です。
 しかし神のかたちは壊れている。欠けてひびの入った器のように、価値のないゴミですか。
 いいえ、私たちは神様の傑作品です。土の器から神の栄光が輝きます。
 つまずき倒れてばかりの私たちはみじめな敗北者ですか。
 いいえ、私たちは圧倒的な勝利者です。
 これは日々の戦いです。神様の声を聞き続ける必要があります。
 失敗しても、その先にある神様の計画を受け取ってください。


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