創世記51

アブラハムの子たち

創世記 25:1-11

1 アブラハムは、再び妻をめとった。その名はケトラといった。2 彼女は、アブラハムとの間にジムラン、ヨクシャン、メダン、ミディアン、イシュバク、シュアを産んだ。3 ヨクシャンにはシェバとデダンが生まれた。デダンの子孫は、アシュル人、レトシム人、レウミム人であった。4 ミディアンの子孫は、エファ、エフェル、ハノク、アビダ、エルダアであった。これらは皆、ケトラの子孫であった。5 アブラハムは、全財産をイサクに譲った。6 側女の子供たちには贈り物を与え、自分が生きている間に、東の方、ケデム地方へ移住させ、息子イサクから遠ざけた。7 アブラハムの生涯は百七十五年であった。8 アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。9 息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴に彼を葬った。その洞穴はマムレの前の、ヘト人ツォハルの子エフロンの畑の中にあったが、10 その畑は、アブラハムがヘトの人々から買い取ったものである。そこに、アブラハムは妻サラと共に葬られた。11 アブラハムが死んだ後、神は息子のイサクを祝福された。イサクは、ベエル・ラハイ・ロイの近くに住んだ。

聖書クイズ

聖書クイズ!
「アブラハムには何人の息子がいた?」

赤:1人。
青:2人。
黄:8人。

神様は「独り子イサク」って言っていましたよね。だからイサクは一人っ子ってことでしょ。
いやいや、イサクより前に生まれた息子がいたでしょ。

正解は…

黄:8人!

アブラハムの息子はイサクとイシュマエルだけじゃなかったんですね。

壊れた関係の修復

ケトラと6人の息子たち

 今日の本文はアブラハムの最期。
 まずアブラハムがケトラという妻をめとり、6人の息子を産んだということが書かれています。
 イサク、イシュマエルと合わせてアブラハムの息子は8人です。
 順番に読んでくると、イサクが結婚した後の話ということになります。
 いや、息子が結婚した後に再婚するか?ちょっと引きますよね…。
 少しさかのぼって、サラが亡くなってからイサクが結婚するまでの間に再婚したのでしょうか。
 サラが亡くなったのはイサクが37歳の時です。イサクが結婚したのは40歳の時。この3年の間に。
 でも6人の息子を産むには6年以上かかります。双子だったとか書かれていないので。
 イサクが結婚する時、アブラハムは年老いていて財産をすべてイサクに譲りました。その後にも子どもができるというのは考えにくいように思えます。
 ということはアブラハムがケトラを妻にしたのはサラが生きている間…!?
 真相はわかりませんが、側女という表現からも妻であるサラの他にケトラを妻にしたように思えます。
 アブラハムさん、それはないよ…。
 この時代は族長が複数の妻を持つのが当たり前だったとは言え、信仰の父ですからね。
 ここを読むと、イサクがリベカだけを愛したというのが際立って立派なことに思えます。夫が妻1人だけを愛するのは当然ですけどね。

族長の座をイサクに譲る

 後でアブラハムが175歳で亡くなったという話が出てきます。これも時系列としてはまだ後の話です。
 イサクの結婚より前の話やずっと後の話をここに持ってきたのは、区切りをつけるためです。
 族長の座はイサクに譲りました。イサクの時代が始まります。
 それでアブラハムは一足先に舞台から退場するわけです。

 アブラハムにはイサクの前にイシュマエルという息子が与えられていました。
 しかしイシュマエルがイサクをいじめるので、追い出されてしまいました。
 通常は長男が財産を受け継ぎます。しかし女奴隷の子イシュマエルが追い出されたことで、妻サラとの間に与えられた約束の子イサクが跡を継ぎました。
 イシュマエルが追い出されたのも、神様の守りだったと言えます。
 アブラハムはケトラの6人の息子たちを東の国に移住させました。こうしてイサクから遠ざけ、守ろうとしています。

ミディアン人

 つくづく、何でケトラと再婚したんやって思いますよね。トラブルの元にしかならない。アブラハム最後の過ちです。
 しかし神様は万事を益に変えてくださる。

 ケトラの息子たちについては、この後ほとんど語られません。
 唯一の例外はミディアンです。
 ミディアンはカナン地方とエジプトの中間、シナイ半島の辺りに住んだようです。
 そこで一つの部族となり、エジプトとカナンを行き来する商人になりました。
 イサクの孫の時代にチラッと再登場します。

 それから400年後、モーセの時代には重要な役割を果たします。
 モーセがエジプトから逃げ出した時にたどり着いたのが、ミディアン地方と呼ばれていたシナイ半島の一画です。
 そこでミディアンの祭司エトロの下で羊飼いをして過ごしました。
 そんな時、モーセは燃える柴の間から主の召命を受けました。
 エジプトの王宮で育ったモーセが、いつどこで主なる神様への信仰を学んだのでしょうか。
 エトロから学んだのかもしれません。彼もアブラハムの子孫ですから。
 イスラエルの民がエジプトを脱出した後も、エトロはモーセに役割分担を教えたり、義理の兄ホバブが荒れ野の道案内をしてくれたりしました。
 イスラエルが神の民として歩み出そうとするとき、ミディアン人の大きな助けがありました。

 しかしイスラエルの民がモアブに滞在している間、偶像崇拝の罪に陥ってしまいます。
 この事件にはミディアン人も関わっていました。
 それからイスラエルとミディアンは対立し、ギデオンの時代に300人の勇士によって打ち倒されます。

主のもとに帰って来る

 イスラエルもミディアンもアブラハムの子たちです。
 一時は遠い国に離れて暮らすことになりましたが、再び助け合う時が来ました。
 またその関係は引き裂かれてしまいました。関係を断ち切ろうとする悪しき力があります。
 しかしこれで終わりではありません。ミディアンの名は預言書でまた出てきます。

4 目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。息子たちは遠くから/娘たちは抱かれて、進んで来る。5 そのとき、あなたは畏れつつも喜びに輝き/おののきつつも心は晴れやかになる。海からの宝があなたに送られ/国々の富はあなたのもとに集まる。6 らくだの大群/ミディアンとエファの若いらくだが/あなたのもとに押し寄せる。シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る。こうして、主の栄誉が宣べ伝えられる。

イザヤ書60:4-6

 遠く離れていた息子や娘たちが帰って来る時が来ます。
 それは神の民が主の栄光を輝かす時です。
 その時に呼び集められる人々の中に、ミディアンも含まれています。

主の栄光を輝かせる

 イエス様は私たちを地の塩、世の光だと言いました。
 私たちも立ち上がり、光を放つのです。
 神様の栄光を輝かせます。
 その時、人々は主のもとに集う。壊れた関係も修復されていきます。

 先日、25日は中秋の名月でした。
 皆さん月見好きですよね。飲食店でも月見○○というメニューが色々あります。
 月はきれいですが、自分で光っているのではありません。太陽の光を受けて輝いています。
 私たちも主の栄光を受けて輝きます。
 その美しさは中秋の名月以上です。

 世の光である皆さんを通して、人々が共に主のもとに集い、関係が修復されていきます。

父のもとで一つになる

アブラハムの死

 アブラハムは175歳で亡くなりました。
 振り返ってみると、父の家で過ごしたのが75年、父となる旅が25年、父になってからが75年です。
 75は25の3倍なので、3:1:3というきれいな整数比になっています。
 信仰の旅をしていたの25年間は、アブラハムの生涯の7分の1ということになります。1週間の中の安息日の割合と同じです。
 数字的に興味深いですが、これに特に意味はないです。

 アブラハムはサラと共にマクペラの洞穴に葬られました。
 そこはアブラハムが受け継いだ約束の地。先にサラが葬られたところです。
 アブラハムもそこに葬られ、天の故郷へと帰っていきました。

 アブラハムの葬儀を行ったのはイサクとイシュマエルでした。
 かつてイサクをいじめて追い出されたイシュマエルが帰ってきました。
 関係が断絶していた兄弟が、一緒に父を葬りました。
 これが信仰の父アブラハムの最期です。
 信仰者は死の時さえも福音を語ります。死んでもなお、主の栄光を輝かせる。
 アブラハムの死をきっかけに、壊れた兄弟が一つにされました。

兄弟ゲンカは悲しい

 新約聖書の中にも、壊れた兄弟を父が一つにしようとする話があります。放蕩息子のたとえです。
 この話では弟が遠い国に出て行ってしまいます。彼が帰ってきたとき、父が走り寄って迎え、再び息子として受け入れます。
 兄はこれを妬みました。「私には子ヤギ一匹すらくれなかったのに、娼婦と遊んだあの息子には肥えた子牛を屠ってあげるんですね!ご立派な父親だ!」
 すると父は「子よ、お前はいつも私と一緒にいたじゃないか。私の物は全部お前のものだ。ところがいなくなった弟が見つかった。死んだ弟が生き返ったようなものだ。楽しみ喜ぶのは当然じゃないか。」一緒に喜ぼう!と招きます。
 この父は神様を表しています。
 天のお父さんも離れた息子たちが再び集まることを願っています。
 神様は兄弟同士が仲良くすることを願っています。兄弟ゲンカは嫌いです。

16 主の憎まれるものが六つある。心からいとわれるものが七つある。17 驕り高ぶる目、うそをつく舌/罪もない人の血を流す手 18 悪だくみを耕す心、悪事へと急いで走る足 19 欺いて発言する者、うそをつく証人/兄弟の間にいさかいを起こさせる者。

箴言6:16-19

 神様が心から大嫌いなものの1つが、兄弟の間にいさかいを起こさせる者です。
 私も父親として、息子たちが兄弟ゲンカをするのは本当に嫌です。悲しくなります。

神の家族の間にも兄弟ゲンカがある

 私たちも信仰によってアブラハムの子とされています。信仰による兄弟姉妹です。
 神様は私たちが互いに仲良くすることを願っています。
 しかし現実には人間同士様々な争いがあります。クリスチャン同士、教会同士の争いもあります。
 かつてはカトリックとプロテスタントの対立もありました。
 プロテスタントの中でもごちゃごちゃと色々な争いがあります。
 1つの教会の中でも対立し分裂を引き起こしてしまうことがあります。
 イエスは主であるという信仰を共有しているのに、兄弟ゲンカをしてしまうのです。神様が心から大嫌いなことをしてしまっています。
 神様はこれを放っておきません。
 一時的にはバラバラになることがあります。パウロとバルナバが別れて行ったように。
 しかし時が来て、再び協力する時が来ます。
 天のお父さんが兄弟たちを再び一つに呼び集めるのです。

悔い改めと赦し

 和解をするために大事なのは悔い改めと赦しです。
 悔い改めて父のもとに帰ることが必要です。私たち自身が、天のお父さんから離れてしまっていないでしょうか。
 そして赦しが必要です。
 イシュマエルが帰ってきたとき、イサクはどう反応したでしょう。
 自分をいじめた兄。父に追い出された兄。ここはお前の来る場所じゃない!と族長の権限で追い返すこともできました。
 しかしイサクはイシュマエルを赦し、受け入れたのです。
 「いなくなった兄弟が見つかった。一緒に楽しみ喜ぼう!」と天のお父さんが招いています。
 自分を傷つけ去って行った人々に対する恨みや怒りを手放してください。
 そして共に父なる神を礼拝するのです。
 こうして私たちは主のもとで一つになります。

 私たちの家族が一つになるとき、教会が一つになるとき、日本のキリスト教会が世界のキリスト教会が一つになるとき、主の栄光が全地に輝かされます。


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